つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

なにに共感するかは人それぞれかも…「共感性羞恥」

 

このところ季節のせいか体調が悪い


昨夜は調子が悪くて、早くに寝てしまいました。そうしたら午前3時前には眼が覚めています。でもまあ、5時間くらいは眠れたからまあいいかあ、と思う。でもむくみがひどい。手までむくんで握りにくい感じがします。昨日ずっと雨だったしな…。

 

やりたいことは多々あるのに、全然身体がついてきてくれなくて、本当にもどかしいです (T-T)

 

今日は弟が整形外科についてきて欲しいと言っているので、ドタキャンでなければ行かないと行けません。予期不安は一人では動けないので厄介です。やれやれ… (*-д-)-з

 

 


共感性羞恥」というのがあるんだ


昨夜、Twitterで見かけたんですけど、「恥」についての話題で、キャプチャーがテレビ画面なので、テレビでやっていた内容なんでしょうね。他人の恥ずかしさを自分のことのように感じる人がどれくらいいるか?という、「共感性羞恥」というもののようです。経験した人の割合はあんまり多くないですね。

 

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1割ちょっと。

 

私はこういうのはあまりないです。実際に失敗しそうな人がいたとして、その恥ずかしさに同調するよりも「気にしないで」とフォローを先に考えるし。ドラマや漫画ではフィクションだという頭があるから、適度な距離を置いて見ている感じです。

 

私自身にあまり「恥ずかしい」という概念がないかなあ、という気がします。昔はあった気もするけど、今はあんまり…。あ、国の代表的な立場の人とか、公的な人とかが迂闊な失敗をすると「日本人として恥ずかしい」とか感じることはあるけど…。個人的な人の失敗はあんまり気にしません。悪いことでなければ、「いいじゃん、ご愛嬌だし (^_^)」とちょっとほのぼのしてみたり。

 

そもそも共感するのは強いタイプだと思いますが、痛みとか辛さと以外では、感動的なことや綺麗なものにより大きく針が振れるみたいです。感動は増幅するほうが素敵なので…。

 

 

そもそも失敗とか恥ずかしさとかは乗り越えないと前に進めないことがほとんどなので、捕われて、ましてや他人のそれまで共感してしまう人は不自由だろうな、と思います。

 

パニック障害もそれと似ていて、一昨日も言ってた気がしますが、そういうところから抜けてしまった方が楽だと気がついたんですよね。かっこ悪いところを見られたくないと思っても、他人は意外とそういうところまで見てないし。気にしてないし。それじゃあ、もっと力を抜けばいいんだよな、と思って、そういうのも自分の改善のきっかけになっています。

 

弟はまだそこまで行ってないね。自分で悟れるとしめたものなんですが。そのためにはやっぱり行動も必要だと思う…。

 

 

 

自分を映す鏡のような…

 

 

話がそれました。

 

「なににより強く共感するか」っていうのも、自分自身の内面を反映させていると思います。そもそも日常の中でなにに心を留めるか?というのも鏡のようですし…。なにに共感してどう反映させるかの中にその人らしさがあるんですよね。

 

それはその人の価値観でもあるな、と思います。でも可能なら、感動する方向で心が揺れると嬉しいと思います (^_^;)

 


私は人を見る時にはその精神性に8割か9割の重きを置いているんですよね。これは子供の頃から変わらない。むしろ視覚を閉じた方がわかりやすいです。外見に迷わされないその人の本質がわかるから…。

 

もっとも一目惚れをしづらい人間なのです。いくら容姿が綺麗な人でも中身が伴わ無ければアウト。男女を問わず、っていうか性別も実はどっちでもいい、というか、全然気にしない。要は人間性の話だから。性的なものを全部排除するのは無理ですが、でもそういうのを抜きにしてもわかることは少なくないです。

 

…そんなわけで、10代以降に写真を見ただけで交際を申し込んで来た人は全部お断りしていました。現在に至る写真嫌いの理由のひとつかもしれません。経験がないけど写真とつり書きだけのお見合いとかって考えられないし、お見合い結婚も信じられない。…そういう価値観が子供の頃からブレずにありますね。

 

そういう自分を肯定して、それでいいと思えて「別に恥をかいたってええやん」という開き直りになったのかも…。「失敗しても立ち直ったらええやん。恥をかいても自分で笑い話にしたらええやん」という感じ。それで随分気持ちが楽になります。

 

 

私なんか自転車ごと転んだら、しばらくそのままでぼーっとしてますが(車さえこなければ)、疲れたからしばらく起きたくない、という気持ちもあって、そうしたら見ず知らずの人がわざわざ「大丈夫ですか?」と駆けつけてくださったりして、まだまだ世の中捨てたものじゃないなあ、と思います。

 

で、可能ならば助ける側になりたいな、と思っていると、高齢者に普通に席を譲ったり自然に出来るようになってるんですよね…。(このあいだデパートで)恥ずかしさの不要な壁は取り払うことが可能なようです (^_^)

 

 

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