つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

世代を越えるコンプレックスなど

リスパダール1日目の昨夜。母は非常に落ち着いていましたが、でも眠れずに、午前3時過ぎまで起きていましたので、結局要求に負けてデパスを3錠くらい追加で飲ませるはめに… (ーー;) 不穏にならないのはいいのですが、眠らせるのは難しいですね〜。まあ、昨日はお腹の具合も悪くなかったので、全体的に気分がましだったのかもしれません。

ゴミ箱に捨てたレンドルミンをこっそり拾っておきました。飲ませるつもりはありませんが、しばらく必要がなくなるまで隠しておきたいと思います (^_^;)

今朝のツイッター少子化云々が一部で話題になっていましたが、まあ、いまだに世の中には独身の人間には「結婚は?」とか、子供のいない夫婦には「お子さんは?」とか、一人しか子供を持たない夫婦には「二人目は?」とか、およそ「あんたには関係ないだろ。ほっとけよ」と言いたくなるような愚問を呈する人々があとを断たないわけで、まったく困ったことだと思うのですね。今の少子化問題がカップルや独身者の個人的な努力だけでどうこう出来るものではない、とわかっている人がまだまだ少ないのかなあ…? (*-д-)-з

聞いてくる人は自分では善意のつもりなのかもしれません。「横並び」で「モデル家庭」みたいなものが人生の幸せだと信じている人たちですね。こういう人たちの家族の一員になると大変だろうなあ…。はみだすのには相当の覚悟が必要になるかもしれません。

時々、世間にはいかにもそういう「横並び幻想」の家庭で育てられてしまって、さらにはそれでいてまわりは全部敵、だから競争社会に勝ち抜かないと価値がない、みたいに定義されちゃって、非常に窮屈な思いで育ってきてしまった人もいるわけです。

そういう人は成人しても歳を取っても、コンプレックスという形でそれを引きずって来ているんですよね。その人の著作とか1,2冊読めばすぐにわかってしまいます。仮に大学教授などというそれなりの立場になっていても、まだこの人はコンプレックスを引きずってきてるんだー、と判明します。で、困ったことにそういう人はまだ他人の足を引っ張りたがる傾向にあるんですよね〜。

かつて自分が親から背負わされた価値観で、それが正しいと信じたことを世間に押し付けたいと思っていたりとか。不自由だなあ。でもその人はその不自由さにずっと気付かないままなんだな。

そういえばうちの親はよその子と私とを比較して見ることが全然なかったなあ、と思います。「○○ちゃんには負けるな」とか、一切言わなかった。成績がクラスで何番でも気にしていたふしもありませんでした。やりたいことは応援してくれましたが、ほとんど口出しはしませんでした。勉強しろと一度も言われたことがありませんし…。

まあ、だから他の人に対するライバル意識とかもなかった次第。絵のことだけじゃないや。人生そのものに対して、他へのライバル意識もコンプレックスも持たずにここまで来たわけです。

で、今現在あらゆるジャンルで「すごい」と言われる人たちとお知り合いになることも増えました。で、その「すごい」ところは素直に尊敬もしていますし、応援もしたいと思うし、それは確かなことですが、だからといって自分が落ち込むこともありません。自分を卑下する必要もありませんし。

今の人生で関わりを持てた人々の「その人らしさ」に敬意を抱いています。そこには順列もありません。すべて価値ある魂の持ち主ばかりだと思っています。

こういう意識をいつまでも持てずにいる人は本当は気の毒なのかもしれません。結婚するも独身を選ぶも、子供を持つも持たないも、どういう進路を選択するも、本来は限りなく自由でいいと思うのですが。自分が自由でいたいと思う人は、他人のことには口出ししないでしょうし。うだうだ言いたがる人は裏返しのコンプレックスの持ち主なんだと心の中でちょびっと同情だけしておいてあげようかと… (^_^;)