戻ってきましたね、梅雨。降れば降ったで買い物に行けなくなるから不便なんですが。どうにかレインコートと傘で自転車でコンビニだけには行って来ました。
週末というのと、お絵描きが区切りついたこととで、どうやらいきなり気が抜けたらしく、朝から睡魔に襲われて1時間ばかり熟睡してしまいました。簾 その分、ちょっと損をした気分になったりして…。嶺 でも今日は胃腸の調子が良くないし、どちらかというとのんびりしている方がいいのかもしれません。また2時には看護師さんが来てくれますが。
そういえば今日は夏至?まだこれから夏本番だと思うと気が重いですね。すでにドライモードのエアコンは大活躍してますし。蓮
★Web拍手ありがとうございます。 >春音さん、いつもありがとうございます。今年の夏は猛暑がかなり不安です(汗)無事に夏を越せるのかなあ?と、つい弱気になってしまいますね嶺
………………………
俗に「門前の小僧」と言いますが、誰かに教わったわけではないのに、やってみたらいきなり出来たことってありますよね。
かなり不器用ではないかと思う私にもいくつかそういうことがありまして、そのひとつが「いきなり自転車に乗れた」ことだったりします。小学生の頃かなあ。危ないから、と家では自転車を買ってもらえなかったんですが、何気なく友達のを借りて乗ってみたら、全然練習もしていないのにいきなり乗れたんですね。運動神経なんか全然ないぞ、って自覚があったもので、これには自分でもびっくりしたり。
要するにこういうのってバランス感覚なんだろうな。のちに初めてアイススケートに行った時も歩くことは出来ましたし。これも基本は同じなのかもしれません。
でもこれで自信がつくわけではなくて、いまだに運動音痴ではありますが。蓮
もうひとつ。大体だけど着物が着れるというのも、もしかしたらそうかな。でもこれこそ「門前の小僧」のケースかもしれないですが。
子供の頃に住んでいた御所の近くでは「おかしな格好は出来なかった」という土地柄でしたので、母は普段でも着物を着て過ごしていました。そういうのを眼にしていて自然と覚えたのかもしれません。
10代になってから浴衣を着る機会があって、それもいきなり自分で着付けてしまえた、ということがありました。ただし、帯結びは文庫のみで、前で結んで後ろに回すというやり方しか出来ませんが。
普通の着物でも同じようなものですし、帯結び以外なら自分で出来ると思います。帯結びもよく母のを手伝っていたからやり方はだいたいわかるんですけどね。
こういうのは自分でも日常的にしてしまえばもっと慣れるのに、なまじ眼の方が肥えてしまって、自分は着物が綺麗に着れる体形じゃない、ってことにかなり早くから気付いてました。そうすると自分で許せなくなるんですね。おかしな美意識で。嶺
母のようになで肩で首が長い体形だと、綺麗なだけどなあ…。私のようにいかり方で肩幅が広いとどうもさまにならないんですよね~。輦
そういうこともあって、『綺麗に着物を着る』ことの代替行為でお絵描きしていたりするのでした。実際に洋服を着せる時と着物を着せる時とでは微妙にデッサンからして違ってくるんですよね。やはり着物というのは「形」の衣装なんだと思いますね。
自分自身で着物道楽が出来ないのはいいのか悪いのか…。嶺 まあ、絵の形で着物文化にわずかでも貢献しているからまだいいかな?とちょっと思ってみたりして…。秊