つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

見えにくい問題がなんだか気になる…コンプレックスが少ない私でも

 

やっぱりんなとなくご縁があるね

 

母の病院に行ってきました。いつも面会時間無視ですみません。普通の人の面会時間には動けないことが多いので、一応私の病気のことも看護師さんにはお話してあります。

 

母は点滴を受けながら鼻からの栄養補給も受けているようでした。鼻からが上手くいくなら胃ろうも問題なしらしいですね。まあ、しっかりした顔はしていますが、しんどいのはやっぱりあるだろうな。例のごとく「はよ帰り」と言いますが…。

 

たまたま隣のベッドのおばあちゃんの娘さんが来られていて、挨拶してちょっとお話してました。今年90歳というおばあちゃん(相変わらずお名前を確認していない)は特養が出来たばかりの頃からおられる古株さんのようで、胃ろうも8年くらいしています、とのこと。

 

うちの母は82歳だというと「まだお若いですね (^_^)」と言われました。82歳が「まだ若い」100歳以上の人もいる特養の年齢感覚ですね。

 

その娘さんも結婚していて、子供もいるけど、夫はあてにならないし、相談する人がいないと嘆いておられました。自分の親じゃないといまいち親身じゃないらしいです。よく聞く話として「介護に関しては男性の家族はまずあてにならない」という気持ちでいた方がいいかもしれませんね~ (*-д-)-з

 

明日は訪問看護、土曜はヘルパーさん、来週月曜日は自分の受診日&検査なので、来週まで来れないかもしれません、とナースステーションにはお話しておきましたが…。万一どうこうはまずないと思うけど、緊急の用事だと電話はあるかもしれませんが。

 

今朝も気分が悪くて、起き上がるまでに2時間近くかかったので、自信はなかったけど、なんとか行ってこれました。「倒れたところで病院の中だからなんとかなるわ (^_^;)」という開き直りの心境ですね。毎回そうですが… (^_^;)

 

f:id:haruusagi_kyo:20170112123250j:plain

 

 

あんまりコンプレックスがない私という人間

 

今朝、外出する前にアンケートの一環でちょっと遊んでました (^_^;)

 

shindan-apps.net

 

結果は「仙人」でした。

 

f:id:haruusagi_kyo:20170112123221p:plain


仙人だったらもうそんなに転生しなくてもいいやん、と思うんですが…。

 

なんだろうなー。いまの私について考えると、わりと昔からその傾向はありましたが、あんまりコンプレックスがないんですよね~。多分ゼロではないと思いますが、悩んで悩み甲斐があることと、そうじゃない瑣末なこととに分けて考えている気がします。

 

悩んでも仕方がないのは、病気とか老化とか外見の問題とか「自然の摂理にもとづくもの」ですね。歳を取れば否応なしに身体も衰えてくるし、それはもう自然の変化だから仕様がないよね~。うちの母なんか若い頃、胸は立派でウエスト細くて、かなりスタイル良かったんですが、いまはその胸もどこかになくなってしまっています (ーー;) 30キロあるなしだもんね。仕様がないよね。

 

甥や姪が生まれた時からずーっと見ていたし、人の一生の変化も身近に感じていたし、その変化自体は憂うものではありませんが…。

 


そういうのを悟りに近づくのが早かったので、外見にとらわれない人の見方、というのかな。そういうことで人を見分けるようになるのが早かったのです。

 

容姿や国籍や性別や学歴や経歴などなど、そういうものってほとんど気にしていない気がします。人の事を気にしないけど、自分のことも気にしないのね。

 

こういう人、あんまり多くないと思いますが、生きるのが楽ですよ。誰に対しても同じおつきあいの仕方でいけるから。

 

得意なことや苦手なことはあってもいいと思います。自分が得意なことが苦手な人がいて、他の人が得意な分野でも自分は苦手でもそれでいいと思うな。いろいろな人がいるから面白いし。

 

向上心と好奇心がある人はお互いに学べていいですが、自分もそうでないと面白い会話にはならないでしょうしね。そういう時にその人のバックボーンがなんとなく見えてきたりするのがいいんですよね~ (^_^;) 

 

1対1でじっくり話せる相手がいいなあ、と思います。私も内向的人間なので、ざわついているうるさい場所での会話は会話じゃないんですね。

 

静かに話さないとよくわからんよね、ということは多いです。だから基本が1対1。

 

 

クリエイティブな未来はどこに行ったの?

 

お互いに得意を生かして仕事にして、苦手なことは助けてもらう、という「お互いさま」のシンプルな形になれば、仕事ってもっと豊かにありそうな気がするんですが…。

 

 

www.huffingtonpost.jp

 

これを見たら、子供の現状は日本の子供の貧困とも無関係ではない気がするんですが…。

 

受け身じゃなくて、ネットやPCを使って「なにかを創ろう」という感じではないよね。もしかしたら、意欲そのものと関係があるのかもしれません。希望が描けなくなっている??

 

私が初めてiMac LCⅡに出会ったのは35歳の時でした。でもその年齢だから出来ないとか、そういうことはまったく思わなかったし、主にグラフィックの方で使いこなせるようになるまで、嫌になったことは一度もないので、意欲はあったんだと思います。で、もはや私と我が家のライフラインと化しているし (^_^;) 

 

もっと頭が柔軟な子供たちが出来ないはずはないと思うんだけど…。ゲームとかコミュニケーションをただ受け身に楽しむだけなのかな?

 

…なんだかそこにいろんな問題が隠れている気がして気持ちがざわざわしています。

 

 

f:id:haruusagi_kyo:20170112123342j:plain