つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

当事者同士の信頼感と説得力とーピアカウンセリングー

昨日、たまたま別件で検索をしていて、「ピアカウンセリング」という言葉に出会いました。

 

カウンセリングといっても、その道のプロが相手になるのではなくて、同じ病気や障害を持った人たちが話し合うことによって、それぞれの問題解決の方法や糸口を見つけていこうとするものだそうです。

 

当事者同士ですから、あくまでも対等な立場にいるわけで、もうほとんど説明が不要なくらいに相手の辛さも見当がつくわけです。これってすごく意義がありそうに思います。

 

どこまでも対等、っていうのがね。すごい信頼関係を生むきっかけにもなるわけですし…。精神疾患だけでなくて、アルコール依存症(まあ、これも精神疾患ではありますね)や普通の病気とか、DVに悩む人とか、そういう苦悩の中にいる人たちが、なんらかの光明を見いだすきっかけになるよなあ、と思います。

 

当事者同士、っていうのがものすごく気持ちのハードルを低くするのですよね。そういう意味では私自身も同じ病気の人の話し相手になることが出来るから嬉しいなあ、と思います (^_^;) まあ、メリットのひとつというか。

 

まずもって垣根がない、というのは親しくなるにも便利ですし、なにかと打ち明けやすいし、お互いに理解が深まって助けあえることも多々あると思います。

 

 

 


実は私もこの秋に、ちょっと心理学方面の勉強をしようかと思って、通信講座の案内を取り寄せてみたんですね。

 

でも、実際にそのテキストを見ていても、どうも気乗りがしませんで、DVDを見ようという気も起きないし、これはきっと駄目だなあ、と思っておりますが…。

 

で、このピアカウンセリング云々で気がつきました。

 

たぶん私はどこかで私自身と接点というか共通点が無い人でないと、適切なカウンセリングを出来ないのかもしれない、と。

 

生き方でも生い立ちでも趣味でも病気でも仕事でもなんでもいいんです。実際に自分が体験してきたことならば、おそらく簡単に相手の人と同じ目線を持てると思います。その時の自分がなにをどう感じて、どういう風に悩んで対処してきたか、そういう経験があれば、それなりの方法もあるし、説得力があるものに導いてもていけそうだと思います。

 

でも、セオリーがあるとたぶん駄目なんですね。自分がその立場に立った経験がないことについては、悩んでいる人たちに納得してもらえる方向に導けないと思います。悩んでいる人たちは精神的に傷ついて過敏になっているから、付け焼き刃みたいな答えでは見抜かれてしまうし、下手したらもう信頼してもらえなくなるかもしれませんよね。

 


私は駄目だな、と思うのはいじめ関係の問題や、親の虐待あたりがそうかな。

 

自殺については過去に何度も考えたこともあるから、それなりに対応は出来るかもしれません。親身にならないと、心開いてもらえないことってあるしね。実際に子供の頃に親に虐待に近いことをされていた人に「どうせわかってもらえない」って言われたことあるもん。そのあたりが限界なんですね。

 

だから本当は過去にいじめや虐待で悩んでいて、それを克服した人が、いま現在それで悩んでいる子供たち(がメインでしょう、やはり)の相談相手になるのが一番いいんじゃないかと思います。やっぱり経験者の説得ほど身につまされるものはありませんから…。

 

 

そういうこともあって、おそらく私はプロになるための勉強はしないかもしれません。適切な方法があって、それを知っている方がもっと役に立てる、というのならまた考えますけど… (^_^;)

 

…こうしてみれば、人生でいろいろな経験を積んできた方が、より多くの多様な人たちの役に立つ可能性があるわけで、だから山あり谷アリのジェットコースター人生もいい経験で、悪くなかったよね、としみじみと思います (^_^;)

 

老賢人みたいなおばあちゃんになれたらいいのになあ…。

 

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