つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

自分を律するのは案外たやすいと思う

なんというか、描きたいイメージはいろいろあるんだけど、気持ちがどうも浮ついていて、じっくりと創作する体制に戻れません。まあ、こまごました用事も少なからずあって、もろもろが気になっていることもあるんですけどね…。

 

今日はお昼前に看護師さんとヘルパーさんが来られますし、また昼食が遅くなっていろいろあとに遅れてくるんですが、まあ、それはいいとして。

 

このあいだ、ネズミの死骸を処理に上がった時に、弟の部屋に焼酎の紙パック1.8リットル入りがあるのをばっちり見つけてしまったわけですが、そうしたら「ばれたから仕方がない、これで最後にするから買ってきて」とか言うんで、私も切れました (-_-メ) コンビニには行ったけど、買うわけがありません。

 

「これで最後」というのが立派な依存症なんだよ。依存じゃない人は「そういえばこのごろ飲んでないなあ」という感じなんだよ。決意しても止められるか止められないのかが依存症なんだよ。(そういう意味では母もこの依存の傾向が強くて、お酒から薬になって、今では朝から晩まで「飴ちょうだい」と言ってるし) もうやだ。仕事関係の責任がなければ家出したいところです (ーー;)

 

弟の場合もいろいろと根が深いところはあります。小学生の時に不登校にもなってますし。4年生だったかなあ。まあ、それはクラスの魚の世話に行くというのをきっかけになんとか登校出来るようになったんですが。

 

社会人になって、20歳前後の時に、勤めていたのは大企業なんですが、工場でしたので交代制勤務だったんですね。深夜勤を終えて帰宅途中で襲われて(叔父のお古で譲ってもらった車がわりといい車だったらしい)危ないところで車に飛び乗って逃げて来たようです。 どうもそれがPTSDになったようです。以降、護身のために、とナイフを持ち歩くようになって、銃刀法にも触れるから、危ないし、と取り上げて、現在私が4本くらい預かっています… (ーー;)

 

10年前には吐きながらお酒飲んでて、揚げ句に肝臓や胆嚢を悪くしてひと月入院したのに、退院したその日にまた飲んでたり…。 なんというか、いろいろあって、2〜3年飲まずにいたこともあったんですよ。その時はやっぱり調子もよかったと思います。なのにどうして戻っちゃうのかなあ??依存症って基本的には完治しないのかもしれませんね。

 

まだ暴力を振るったり暴れたりしないだけましですが、離脱時に複雑性癲癇を起こすのがね…。ケガをしなければいいけど。一応デパケンも飲んでるし (ーー;)

 

自分自身のコントロールはさほど難しいと感じないのに、人のコントロールは大変だよね、やっぱり。特に家族だと近すぎて逆に聞く耳持たなかったりするからなあ… (ーー;) 入院とかそういう方法がベストだとも思えないのが悩みの種です… (*-д-)-з