つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

微妙にうつ転したかも… (ーー;)

このところすっかり「しんどい」が口癖になっていてすみません。でも実際にしんどいからどうしようもありません。 昨日も看護師さんと前半は話していたんですが、どうしようもなく辛くなって横になったらまた寝てました (ーー;) 

 

これっておそらく睡眠不足ではないと思います。傾眠がこういう形ででているのかもしれません。好きにしてもいいよ、と言われたら2日でも3日でも寝てしまいそうです (ーー;)

 

蜂窩織炎(ほうかしきえん)は前の方の熱感はややましになりましたが、腫れが後ろの方に拡がって、その部分が痒いです。昨日、皮膚科で抗生物質をあと4日分と軽い副腎皮質ホルモンの塗り薬をもらいました。 一昨日、電話をくれた伯父(91歳、衛生兵として戦争経験あり)が「ひどくなると大きな穴があくんやで」と脅かしてくれるので、痒いけど必死に耐えています。ごく短い時間なら正座が出来るようになったから、脛の腫れはましになってきているのかも…。赤味は消えませんが。

 

ここしばらく、ずっと「やや高め安定中」だった気分が、いまはちょっと黄色信号みたいです。原因は自分でもわかってるんですが… (ーー;)

 

今日は燃えるゴミの日なので、昨日、ちょこっと母の箪笥の中の衣類に手をつけたんですよね。もう、真っ赤とか、デザイン的にちょっとなあ、というような、仮に良くなったとしても(良くなるはずないけど)着ることがない母の衣類をいくらか処分したんですね。 母が元気なあいだはまったく手をつけていなかった父の衣類や遺品はわずかなものだけを残して全部処分しました。

 

結局、最後に残るのは写真と父が書いたもの(たとえ仕事関係のものでも)になってしまっています。好きでよく聞いていたカセットテープも全部処分。いまの私が音楽を聴くのは辛い状況だからよけいにもういいや、と感じたこともありますが。

 

母の和箪笥の中身もほとんど処分しました。私に作ってくれたものがまだあるけど、どうせ着るつもりはないから、遠からず処分することになると思います。正絹なら古着屋さんに売れるけど、ポリエステルや喪服やウールは引き取ってももらえないらしいから…。 一度決めると思い切りがいい私はばさばさ処分していたんですが、昨日はね、ふとどうしようもない空しさに捕われてしまったんですよね…。

 

ものとしてはあの世に持っていけるものはなにひとつない。それなのに、生きているあいだにこういうものに捕われるのって考えたらすごく馬鹿らしいよなあ、と思ってしまった。化粧をしようが着飾ろうが、そういうことには意味がない、と気付いてしまったんですね。 それでいうと、自分が生きているあいだに住む家が仮に必要だとしても、死後に残す意味もないし、そもそもそういうものの収得にあくせくするのはやっぱりバカみたいだなあ、と思ってしまった。

 

ハッカ油で追い払ったはずのネズミがまた帰ってきたという空しさもあります。 もろもろあって、なんだか急速に「一切空」のような心境になってしまった次第。 はあ… (*-д-)-з 

 

いけないわ〜。もう本当に生きていること自体をおろそかにしてしまわないように気をつけないと…。

 

こういう時こそ「お絵描き」という薬がもっとも必要になりますので、またちょっと真面目にやりたいと考えております。 ああ…。でもやっぱり微妙にうつに入ってしまった感じは否めません。仕方ないね、これも気分の波の変化なんだしね… (ーー;)