つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

機能不全家族と普通の家族と介護など

 

年末年始はやはり避けるべきだった (ーー;)


母のところに行ってきましたが、帰りが大変で、雨に降られて、重い荷物を持って、タクシーは捉まらず、タクシー会社に電話をしたら、一社はかからず、もう一社はわからない、と言われました。

 

仕方なくコンビニでビニール傘を買って、反対車線にいたタクシーをなんとか捉まえて乗ったらまったく進みません。「どこか脇道に入ってください」とお願いして、国道に出てもらってやっと帰宅できた次第。

 

ちなみに行きは運転手さんの判断で「24号線にしておきましょう」「お任せします」でスムーズでした。交通規制が引かれているので、12月29日ごろから1月5日ごろまでは避けた方が無難だなあ、と…。そういえば去年は(一昨年か)29日ごろに行って、新年5日か6日ごろにしたのでした。あのペースでないと無理だなあ… (*-д-)-з

 

お稲荷さんは今年も人出がすごそうです。

 


で、母は正月でもお雑煮が出るわけじゃないから、相変わらずで、相談員さんや看護師さんたちにご挨拶したのがお正月らしき唯一のところかも。

 

で、少年隊をかけて、加湿器に水を入れて、ぼーっと話をしていたんですが、滅多に来てくれない人のこと、自分のきょうだいとか従姉とかのこともかなり忘れているのかもしれない、と思いました。年賀状に書いてあったことを話しても一年に一度くらいの面会だと忘れていくのかもしれないなあ…、という感じです。

 

私みたいにしょっちゅう行っていると忘れませんけどね。いまいちよくわかりませんが、そういう忘れ方になるほうが自然で楽なのかもしれないと思いました。少しずつ樹が枯れて行くような感じかも…。


ヒガシくんの写真が増えて、現在はこうかな。

 

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CDはこれだけ。これもあんまり多くは買えないので、ぼちぼちしか増えません (^_^;)

 

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機能不全家族と介護について

 


介護と親子の関係について思う…。

 

現在、機能不全家族が8割を占めるという世の中では、必ずしも子供が親を介護するケースが普通じゃなくなっているという気がします。

 

 

 

 


うちもまあ、なんとかやっている方ですが、これはおそらく両親が与えてくれた自己肯定感などの基礎があるゆえに、自然発生した感情で、まあ、恩返しというか、お互いさまというか、そういうものがあるからだと思います。

 

親に対して否定的な感情や記憶しかなければ、なかなかこういう感じにはなれないだろうし、無理に介護をしてみたところで、逆に不幸な結果を招きかねないとも想像します。他にきょうだいがいて、きょうだいに任せられるなら、経済面で援助するなりのことは可能ですしね。

 

親の影響で成人後も苦しんでいる人たちに、それでも親の介護をしないといけません、とは私は言えないわ…(>_<) 

 

かわりにやってくれている人たち(家族や身内やプロに)対して、理解と協力は見えないところでして欲しいとは思いますが…。

 


はー、でも本当に親が高齢になって、介護の問題が起きてくると、それまでの親子の関係が総括されちゃうなあ、と思います。

 

その高齢者が家族や身内にどれだけ大切にされているかを見たら、かつてその人がどれだけ良き人であったのかがわかってしまうくらいですね。どういうふうに人に関わってきたかもわかってしまうのかも…。

 

8割の人はそういう先の先まで考えて、子供を生んで育ててはいないということですよね…。それも少子化の遠因かもしれません。

 

もしかしたら、いまは『普通の家族』というのも幻想に近くなっているのかもね… (ーー;)

 

 

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