はあ、疲れた。今日はヤボ用がまとめてあって、全部を片付けようとして、朝の9時前からお昼までずっと走り回っていた。郵便局に3往復。DOCOMOショップにお米屋さんにコンビニに100円ショップに。なんとか全部用事がすんだかな?午後はゆっくりしたいものだ。
母は自分で「拒食症みたいな気がする」とか言っている。食べねばならないと思うと気分が悪くなるのだそうだ。困ったねえ。ホルモン剤の副作用とかもあるだろうし、気候が良くなれば体調もましになると願いたい。これは私も。今日はなんとか動けてよかったけどね(笑)
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昨日の話題からなんとなく続きそうな…。
学生時代に尊敬出来る先生や、好きになれる先生に出会えた人は幸運だよね、と思う。私はどうもそういう先生に出会えたためしがなくて、小学生時代から結構な教師不信になってしまった。
小学生時代、普通は2年おきくらいでクラス替えがあって、担任の先生も替わるんだけど、私の時は4、5、6年と同じクラス、同じ担任、というケースになってしまった。
こういう場合、クラスの子たちや担任と相性がよければいいが、相性が悪いとずっとストレスになってしまったりする。私はどうも担任との相性が悪かったようだ。
当時から、すべてにマイペースで内向的だったので、大人にとっても「何を考えているかわかりにくい子」だったんだろうな。こういう子はあまり好意を持たれない。
当時の担任の女性教師は結構ひいきが強いタイプだった。あからさまに「お気に入り」とわかる子が何人かいたりする。外交的で人見知りもしなくて、明るい性格の、私とは正反対のタイプの子たち。
その頃は私も本当に子供で、狭い世間の中で大人にもそれなりに認めてもらいたい、という願望がどこかにあったようだ。担任に贔屓されている子たちのことを少し羨ましく思っていた記憶がある。
そういう背景の中で、こういう経験をした。
ふと気がつくと机の中に入れておいた国語辞典がない。やっとのことで親に買ってもらった辞典。あわてて捜しまわったが見つからず、泣きたい気分になってしまう。
で、そこで気付いた私。近くの席の子が私が持っている辞典と同じものを持っている。それだけならいいんだけど、どうも汚れ具合などが私のものととてもよく似ている。私のだったら名前が書いてあるんだけど、いきなりそれを見せてみろ、というのはちょっと気がひける。それとなくその子に聞いてみる。「ねえ、その辞典って、○○さんのだよねえ。なんか、すごく私のに似てるんだけど」「私のだよ」とその子は否定する。でもますますそれは私のものに似ている…。
困った。その子に直接「もしかして私のを盗ったの?」なんて聞けない。クラスメイトなんだし、ことを荒立てたくない。どうしよう…。仕方がない、とりあえず先生に相談して、それとなく上手く納めてもらおうか…。
で、勇気を出して先生の所に行った。「実は○○さんが持っている辞書が私のものみたいなんです。どうしたらいいでしょうか…」と。その時の私は先生がその子にそれとなく聞いてみてくれると思っていた。実際に先生はその辞書を手に取って名前を確かめ、私のものだと確認した。で、辞書が返ってきた。それでよかった。クラスメイトを責めようとか、そういう気持ちはまるでなかったし。
ところが。いきなり先生はクラスのみんなに向かって大きな声で言った。「友達のことを告げ口してきた人がいます」と。それはよくないことだ。こういうことをしてはいけない。クラスメイトの面前で明らかに私の行動を非難する先生の言葉が続く。
私は激しいショックを受けていた。どうして自分がこんなにみんなの前で非難されなければいけないんだろう。私の辞書を持っていた子は、実は先生のお気に入りの一人だった。
私は先生のお気に入りじゃないから、だからこうして責められないといけないの?
無口な子供の悲しさで、自分の真意を上手く大人に伝える言葉が見つからない。ただひどく心が傷付いた。そしてそのことは親にも言えなかった。
いまから思い返してもよく登校拒否にならずにすんだと思うが、いまだにそのことは忘れられずにいて、その先生のことを許せないと思っているくらいだから、かなり心の傷は深いのだと思う。
かくして、小学生にしてとっぷりと教師不信になってしまった私は、それ以降も尊敬できる教師に出会えないまま学生時代を終える。
もしかして、小学生の時に心から好きになれる先生に出会っていたら、その後の学校生活はもっと楽しかったかもしれないなあ、と思う。大人が深く考えずに口にした言葉で、想像以上に子供が傷付くケースだってあるしね、と、子供に向き合うのに、ついつい真剣になってしまうのは、自分の痛い体験があるからかもしれない。
子供だって立派な一個の人格。大人は忘れずにいて欲しいと思う。