つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

生ある人のために必要なもの

頭が痛い…(>_<) ゆうべ、お墓のことでつらつら考えていて、ついでに怒ったりしていたので、あんまりよく眠れなかったんですね。さっきセデスを飲んでみましたが、効くかなあ??

 

 

なんかいろいろと変だなあ、と思って。

 

父が亡くなって6年ですが、檀家をやめます、と電話して、それ以降一切顔も出さず、連絡もしなくなったのが大体8年くらい前。まだ父も生きていた頃でしたから…。でも父が亡くなっても元菩提寺には連絡もしませんでした。

 

母も「放置しておけば無縁さんになると思う」と言っていましたし。昨日ざーっと検索したところでは、大体3年くらい放置されているお墓は無縁仏として集められる感じになっています。もとのうちの墓地にもそういう感じの無縁仏が集まったところがありました。だからもうとっくにそこに集められていると思っていました。

 

8年間連絡もなしで、いまさらなんで?と疑問に思っても不思議ではないでしょう。

 

だからお寺からの書類が届いたら、それを持って市の法律相談に行ってこようと思います。昨日、弟とも相談していたくらいですし…。で、一晩考えてもやっぱりおかしいわ、と思うので、ここは専門家に聞いてもいいと思います。最寄りの支所の相談日は水曜日。間に合うかな?

 

 


もともとここのお寺って、世襲制じゃないから、先代の住職が亡くなられたあと、随分長いこと相続で揉めてたんですよね。裁判にもなって。結局は分裂したような話ですが、詳しくは知りません。揉めてる段階で嫌になっていたから。

 

そもそも私個人は宗教は「生きている人のためのもの」だと思っているので。先祖供養とかそれ以前に、今を苦悩しながら生きている人たちのために、心を尽くしてくれたり、相談に乗ってくれたり、そういうふうなカウセリング的な役目が果たせていないと意味がないと思っていました。

 

高い位置で、そこから降りてこない人には用がないと思ってた。震災のあとで、被災者の心のケアに行かれた僧侶の方もいらっしゃると思います。そういう人たちだったらまだよかったんですけどね…。そうじゃないから… (ーー;)

 

特に私のように悩み多き人間は、生きるための相談に乗って欲しいと思ってたんですよ、子供の頃からずっとね。でも先祖代々の菩提寺はそういう場所じゃなかったの。

 

信教の自由が保障されているんだから、やめるのも自由だと思ったし、そのこと自体は悩みませんでした。お墓もさっさと無縁仏にして欲しかったんですね。

 

 

 


このあたりのお墓は骨壷自体が小さくて、総骨は入らないです。お骨上げの時に入らないお骨は、市の方でまとめて供養されます。だから、現在家にある父のお骨も一部なんですよね。だから、それを直接土に撒いた祖父母のお骨なんて、とっくに土に還っていると思います。それが自然だもん。

 

改めて思いますが、大仏とか、大伽藍の建立をした人たちって虚しかっただろうな…。泡沫の生命の瞬間に、なにに価値を求めて生きるのか?と言ったら、形あるものの虚しさも極まりそうだ… (ーー;) ああいうものはむしろ美術品だと思った方がいいのかもしれませんね。

 

諸行無常…。

 

 

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