まだ地味なお絵描きは進行中です。
昨日あたりから、いままではなんともなかった右耳もふさがる感じがしてきて、聞こえが悪くなった気がする。自分の声が内側にこもるし、よくわからないけれどもずっと耳鳴りもしている気がする…。
さすがに両耳となると非常にうっとおしいし、聴力にやや支障も感じるし、いよいよ耳鼻科に行かねばなあ、と頭では思う。
けれども春休み、花粉症最盛期、患者さんが多いだろうというのは想像しなくてもわかる。そうするともう、それだけで足が出なくなってしまう。
別に人が嫌いなわけじゃない。小児科に勤めていたくらいだから子供の泣き声が苦手なわけでもない。それなのになんでかな?
病院関係だけじゃなく、自分が行きたいところ、美術館とか、博物館とか水族館なども、人の波で雑多なエネルギーに充ち満ちているだろうな、と思うとそれがひどく億劫になる。
どうも私は種々雑多な人々のエネルギーに溢れている場所が苦手な気がする。まだ乳幼児の時からデパートのような場所が鬼門だったように。学校などで、いくらか溢れるエネルギーに慣れた気もするが、その時のように上手くそれらの雑多な感情を上手くコントロールしていく能力が、いまは極度に低下していると感じる。家族のエネルギーだって時には負担に感じるしなあ…。
精神科の待合室はそれだけのエネルギーには満ちていない。まあそれだけ元気な人が少ないということかもしれないけれど。だから私にも居心地は悪くない。病院の他の科はそうじゃないしなあ…。ただ付き添って検査待ちするだけでも半端じゃなく疲れる。
なんというか、世の中には他の人間の「気エネルギー」のようなものに無意識に触れるだけでいろいろ反応するタイプがいるんじゃないかと思う。で、こういう人間は自然の変化にも敏感で、天気予報を見なくても雨が降る前にはたいていわかる。なんつーか、炭坑のカナリアみたいに過敏なタイプ。自律神経も過敏で不安定な気がする。
以上、ちょっと自己分析。
今の私だったら死ぬような病気でも病院には行きたくない、と言いそうな気がするから困る。実際にあんまり命に執着がないからなあ。
耳の不快感とどこで折り合いがつけられるか、自分でもわからない。ちょっと困るかもしれない (ーー;)