つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

治すのは基本自分だと思う

祝日でも銀行のATMが使えることを確認したので行ってきました。帰りにコンビニに寄ったけど、帰路が上り坂の道なんでえらくしんどかったです(>_<) もう、本当に体力のなさがひたすらに情けない限り。まだ郵便局は休みなのでそれは明日にするしかありません。しんどいなあ… (*-д-)-з

 

弟が「医療センターにも精神科があったなあ…」とかぼそっと言うので、「でも、あそこはろくなの(医師が)おらん、とT先生(我々の主治医)が言うたはったよ」と答えておく。 私に替わって動いてくれたら、かなり状況が良くなるのに、と言うんだけど、それをやってくれないんだよね (*-д-)-з

 

私は自分の経験から、メンタルの病気を改善していく過程では、きちんと体質と症状に合う薬が必要なのはいうまでもありませんが、それから先は自分自身の試行錯誤というか手探り感がすごく大事に思っているんですね。

 

メンタルな病気では必ずしも「同病相憐れむ」というのがプラスにはならないから不思議です。まわりの、本当に身近な健常者の人たちに正しく理解してもらうことは大切ですが、説明なんか不要でしょ?という同じ病気の人たちに近づきすぎたり、長く場を共有したりするのは逆効果だと思っています。それはどちらかというと症状や状況がより深刻な人の方に引きずられる可能性が大きいからです。

 

せっかく浮上しつつあるのに逆戻りするとか、ありがちなんですよね。 だから私はあまり同じ病気の人とは場所や時間を共有しないことが多いです。

 

広い海を航海していて、たまたま同じ病気の人とすれ違って、「やあ、このごろ調子はどうですか?」「まあまあなんとかやっていますよ」という、ささやかなエールを交換するくらいがベストかなあ、と思っています。

 

同じ双極性Ⅱ型の人たちのSNS(でも匿名)にも入っていますが、ここにはほとんど書き込みもしませんね。みなさん、それぞれのリズムでやりたいように試行錯誤されている様子はわかりますが、その「それぞれ感」がいいんだよね、と思っています。

 

長い期間つきあう病気だから、いろいろな人の手を借りて、少しでも上に持っていくのは結局自分自身だと思います。「お願いします。治してください」じゃ駄目なのよ。

 

これは内臓の病気だって基本だと思いますが。自分の治癒能力を最大限に発揮させるには必要不可欠なことですね。 治したい、治そうとする意志。これって結構大事だなあ、とあくまでも自分の経験から思います。