つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

浜岡原発を止めて!

これは今、日本だけの問題ではなく、世界の最大の危惧になっています。

誰が見ても危険なものをなんとかしないと、と世界の人が願っています。

いきなり停止させることが無理だとしても、徐々に停止の方向に

持っていけるはず。迅速な対応と決断が切望されています。

http://mainichi.jp/select/seiji/fuchisou/

以下、転載します。

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風知草:浜岡原発を止めよ=山田孝男

 中部電力浜岡原子力発電所を止めてもらいたい。安全基準の前提が崩れた以上、予見される危機を着実に制御する日本であるために。急ぎ足ながら三陸と福島を回り、帰京後、政府関係者に取材を試みて、筆者はそう考えるに至った。

 福島に入った私の目を浜岡へ向かわせたのは佐藤栄佐久・前福島県知事(71)だった。郡山に佐藤を訪ねて「首都圏の繁栄の犠牲になったと思うか」と聞いたとき、前知事はそれには答えず、こう反問した。

 「それよりネ、私どもが心配しているのは浜岡ですから。東海地方も、東京も、まだ地震が来てないでしょ?」

 5期18年(5期目半ばで辞任後、収賄で逮捕・起訴。1、2審とも有罪で上告中)。国・東京電力との蜜月を経て原発批判に転じた佐藤が、恨み節を語る代わりに首都圏の油断を指摘してみせたのである。

 浜岡原発は静岡県御前崎市にある。その危うさは反原発派の間では常識に属する。運転中の3基のうち二つは福島と同じ沸騰水型で海岸低地に立つ。それより何より、東海地震の予想震源域の真上にある。

 「原発震災」なる言葉を生み出し、かねて警鐘を鳴らしてきた地震学者の石橋克彦神戸大名誉教授(66)は、月刊誌の最新号で、浜岡震災の帰結についてこう予測している。

 「最悪の場合、(中略)放射能雲が首都圏に流れ、一千万人以上が避難しなければならない。日本は首都を喪失する」「在日米軍の横田・横須賀・厚木・座間などの基地も機能を失い、国際的に大きな軍事的不均衡が生じる……」(「世界」と「中央公論」の各5月号)

 これが反原発派知識人の懸念にとどまらないことを筆者は先週、思い知った。旧知の政府関係者から「浜岡は止めなくちゃダメだ。新聞で書いてくれませんか」と声をかけられたのである。原発輸出を含む新成長戦略を打ち出した内閣のブレーンのひとりが、浜岡に限っては反原発派と不安を共有し、「原発を維持するためにこそ止めるべきなのに、聞く耳をもつ人間が少ない」と慨嘆した。

 福島のあおりで中部電力浜岡原発の新炉増設の着工延期を発表したが、稼働中の原子炉は止まらない。代替供給源確保のコストを案じる中電の視野に休止はない。ならば国が、企業の損得や経済の一時的混乱を度外視し、現実の脅威となった浜岡原発を止めてコントロールしなければならないはずだが、政府主導の原発安全点検は表層的でおざなりである。

 なるほど民主党政権は無残だが、自民党ならみごと制御できたとも思わない。空前の大災害であり、しかもなお収束のめどが立っていない。

 向こう1000年、3・11ほどの大地震津波がこないとは言えないだろう。列島周辺の地殻変動はますます活発化しているように見える。そういうなかでGDP(国内総生産)至上主義のエネルギー多消費型経済社会を維持できるかと言えば、まず不可能だろう。

 いま、首相官邸にはあまたの知識人が参集し、「文明が問われている」というようなことが議論されている。ずいぶんのんきな話だと思う。

 危機は去っていない。福島の制御は当然として、もはやだれが見ても危険な浜岡原発を止めなければならない。原発社会全体をコントロールするという国家意思を明確にすることが先ではないか。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

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