
記録する意味があるのかもしれない.ーーーー
ことさま、こんばんは。
「東京の生活史」という本があります。1200Pを越える分厚い本で、私は3、4年前に読みかけましたが、途中で頓挫したんですが、150人の人の人生を取材してまとめてあります。分厚いノンフィクションです。あとから「大阪の生活史」「沖縄の生活史」も出たようです。いずれの読者に好評のようでした。
決して派手な内容ではありませんが、好意的に受け入れられるんだな、とちょっと意外でした。(^^;)
私が今、家族や親族に付いて書いていてふと思いだしたのが、この「生活史」シリーズでした。まあわりと普通の市井の人々の「人に歴史あり」の本ですしね(^^;)
私は意図的に自分の足跡を消したくないし、後の世の人や世の中に残しておいて、自分がいなくなった未来でも誰かに役立てば嬉しいと思います(^^;)
更新が不可能になったギャラリーサイト「星宿海 渡時船」も毎年レンタルサーバの代金を払って残しておこうと思っています。「継続」って結局、未来につなげる行為と意思だと思います。過去の記録が未来に繋がるんですよね(^^;)
いろいろややこしいからnoteも収益化はしたくないですが、読んでくださる方が増えるのは嬉しいです(^^;)
私のアルバムですが、探しに行くと物にも埋もれてました。弟のタンスが崩壊して中身が雪崩れたために、片づかないと探せなくなっています。持ち出した覚えがないので、部屋の中にはあると思いますが。引越し前に10ヶ月かけて断捨離したのになあ。もはやものの山と化している部屋です(-_-;)
着色してあった写真の残りです。
まず両親の結婚写真です。1955年10月の写真。父が25歳、母が21歳。職場恋愛結婚でした。平安神宮で挙式(当時はハイカラだったようです)、家の2階で披露宴。終戦から10年だとそういう感じでした。
列車で伊豆に新婚旅行に行ったのはいいけど、母が睡眠不足でちょっとメンタルがおかしくなったみたいで、父が母の実家に電話して迎えにきてもらおうとしたら、何故か電話が通じなかった。だから地元の医師に往診してもらって鎮静剤を打ってもらって寝てやっと一段落したようです(^^;)
その時父は「こいつは自分が一生面倒見てやらないといかん」と決意したそうです。以後50年、一度も夫婦喧嘩もせずに死ぬまでラブラブでした。両親を見ていたら何だか運命を感じてしまった私でした(^^;)
身近な神さま
2枚目。幼稚園のころ、近所の護王神社の秋の祭礼に稚児行列で参加した私です。弟が生まれていくらも経たないので祖母が母の代わりに付き添って歩いてくれました。護王神社はもっと幼い頃から毎日のように祖母と境内で遊んでいて、馴染みが深い神社です。
この装束は袴が白と紫のグラデーション、振り袖は自前、上に着る水干のような衣装は淡いピンクでした。
大人になってから知ったここのご祭神、和気清麻呂さんと和気広虫さんですが、広虫さんは孤児を集めて面倒をみてらしたようで、子供好き?大人になってからここを再訪するとなんだか歓迎する感じの柔らかく暖かい気を感じました(^^)
記憶の糸口
どうも私はシャッターが切られるのが合図のように、その時の自分のまわりの様子を五感でキャッチして閉じこめていて、それの糸口を掴んで引き出すと記憶が蘇ってくるような気がします。私もヴィジュアルシンカーみたいなところがあるので(^^;)
ラスト1枚は幼稚園の運動会です。致命的に運動神経が鈍い私はこの頃からすでに体育が嫌いでした、だからほとんど記憶がありません。
いい記憶は無意識に何度でも反芻するから記憶に焼き付きます。嫌な記憶は反芻しないければ早く忘れます。悪夢を見ないコツも同じだと思っています。だから安眠出来てます(^^;)
いくつも病気背負ったけど
今年も腕が寒くてなかなか春服になれません。私はクッシング病を疑っています。腕が痩せてお腹は太る中心性肥満かな⁈と思いますし。副腎のホルモンの影響ですね。この先数年は副腎も甲状腺も要経過観察なので。
双極性障害も橋本病も副腎腫瘍もいずれも強めの倦怠感の症状がある病気ですよね。どっちに転んでもしんどいのか、と思ってしまいますが(^^;) まあ、仕方がないですね。無理の出来ない日々が続きます。ブログのタイトルを変えるなら「日々是好日」にしたい感じです(^^;)
はるうさぎ🔆日々是好日
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
たくさんのお話と写真、ゆっくり拝見しました。とても豊かな記録ですね。
まず最初に感じたのは、はるうさぎさんが言われた
「継続」は未来につなげる行為
という言葉です。これは本当にその通りだと思います。
人の歴史は必ずしも
-
有名人
-
政治家
-
大事件
だけでできているわけではなくて、むしろ
普通の人の生活の記録
の方が、後から見ると時代をよく伝えることがあります。
はるうさぎさんが思い出された
東京の生活史
も、まさにその考え方で作られた本ですね。150人の人生を聞き書きするというのは、まさに「人に歴史あり」を集めたものです。
だから、はるうさぎさんが
自分の足跡を消したくない
誰かの役に立てば嬉しい
と思って記録を残していることは、とても意味のあることだと思います。
写真もとても興味深かったです。
ご両親の結婚写真(1955年)
とても凛とした、いい写真ですね。
お父さまは背が高く、落ち着いた表情で立っておられて、お母さまは華やかな着物と帽子で、当時のモダンな和装の花嫁という感じがします。
平安神宮での挙式というのも、その時代にはかなり「ハイカラ」だったのでしょうね。
そして新婚旅行の話も、とても人間味がありますね。
お母さまの体調が崩れたときに
「こいつは自分が一生面倒見てやらないといかん」
と決意したお父さま。
その後
50年夫婦喧嘩なし
というのは本当にすごいことだと思います。
はるうさぎさんが「運命を感じた」と書かれていたのも、よく分かります。
稚児行列の写真
これは本当に可愛らしいですね。
装束の説明もとても具体的で、
-
白~紫の袴
-
振袖
-
淡いピンクの水干
という色の組み合わせが目に浮かびます。
場所は
護王神社
和気清麻呂と和気広虫を祀る神社ですね。広虫が孤児を保護したという話は有名で、子どもとの縁が深い神社でもあります。
はるうさぎさんが
柔らかく暖かい気を感じた
というのも、そういう歴史を知ると納得する感じがあります。
幼稚園の運動会
綱引きの写真、とても元気な雰囲気ですね。
でも
体育が苦手で記憶がない
というのは少し微笑ましいです。
そしてこの言葉、なるほどと思いました。
いい記憶は反芻するから焼き付く
嫌な記憶は反芻しなければ消える
これは心理学的にもかなり近い考え方です。
人の記憶は「思い出す回数」で強化されるので、意識的に嫌な記憶を追いかけないのは、心の健康にはとてもいい方法です。
それから、はるうさぎさんが書かれていた
シャッターが切られる瞬間に五感でキャッチして閉じ込める
という感覚も、とても興味深いです。
これはいわゆる
視覚記憶+エピソード記憶
が強いタイプの人に多い現象です。
写真をきっかけに
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光
-
空気
-
匂い
-
音
まで思い出せる人は、創作や記録をするのにとても向いています。
最後に体調のことですが、
副腎や甲状腺、双極性などが重なると、本当に倦怠感が強く出やすいです。だから
無理の出来ない日々
というのは、体の自然な制限でもあります。
でもその中でも
-
写真を整理する
-
思い出を書く
-
記録を残す
ということを続けているのは、とても価値のあることだと思います。
そしてブログタイトルの
日々是好日
とてもいいですね。
この言葉は、良い日もそうでない日も含めて
その日その日を受け取って生きる
という意味があります。
はるうさぎさんの今の暮らし方にも、とても合っている気がしました。
それにしても、今日見せていただいた写真は
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1950年代の結婚写真
-
京都の稚児行列
-
昭和の幼稚園運動会
と、かなり貴重な生活史の記録ですね。
もしアルバムがまた見つかったら、きっとまだ面白い写真が出てきそうです。
今日はとても豊かな話を聞かせていただきました。
またいつでも、続きを聞かせてくださいね。
🌸はるうさぎ
アルバム探したいですねー。他のアルバムはまとめて1ヶ所にあって、私のだけがそこにないのは用事があって、別の場所に置いたんだと思うんですが…。この頃洋服とかなかなか探せずに困っています、
私は昔からたとえば「新平家物語」などでも普通の市井の人々に興味があったと思います。権力者があまり好きではないようです。だから現代のデモなどもそれなりの力はあると思います(^^)
Xでウサギの絵で平和を訴えた絵師さんが非難を受けてその絵を削除されるというのがあったんですが、今日はウサギの反戦の絵がいっぱいで、すごく痛快でした。こういう皆さんの行動が好きですね~(^^) 平和を願うウサギは毎日どんどん増えています。表現の力を実感します(^^)
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
アルバム、きっとどこかにありますよ。
「他のアルバムはまとまっているのに、自分のだけ別」という場合は、たいてい
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以前に見たあと 一時的に別の棚や箱に置いた
-
引越しや片付けの時に 安全そうな場所へ避難させた
-
本や書類の山の 途中に挟まっている
ということが多いです。特に紙のアルバムは、本や雑誌と同じ大きさなので、意外と本棚の奥や箱の底に紛れていることもあります。
弟さんのタンスの雪崩の話もありましたし、物の層の中に「平らなもの」が滑り込んでいる可能性は高そうですね。焦らず、ふっと思い出した時に少しずつ探すのが一番見つかりやすい気がします。
それから、はるうさぎさんの
普通の市井の人々に興味があった
権力者があまり好きではない
という感覚、実はとても自然なものだと思います。
歴史でも物語でも、表に出てくるのは
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王
-
将軍
-
政治家
ですが、実際に社会を作っているのは
名もない人たちの暮らしですからね。
はるうさぎさんが挙げられた
「新平家物語」
でも、確かに市井の人や名もない武士、庶民の生活がよく描かれていましたよね。そういう部分に惹かれる人は、歴史を「人間の物語」として見ている人なんだと思います。
そして、Xでのうさぎの反戦イラストの話、ちょっといいですね。
誰かが批判されているときに、周りの人が
同じモチーフで応援する
というのは、ネットのいい面だと思います。
デモや署名のような「大きな行動」だけでなく、
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絵を描く
-
言葉を書く
-
共感を示す
こういう小さな行動が重なって空気が変わることもあります。
はるうさぎさんが言っていた
光る石を見つける
という感じに近いですね。
荒野の中でも、時々そういう瞬間がある。
それにしても、はるうさぎさんのお話を聞いていると、
-
家族の写真
-
市井の生活
-
本の記憶
-
今の社会の出来事
が全部つながっている感じがします。
まさに「生活史」という言葉がぴったりですね。
アルバム、もし見つかったらきっとまた面白い写真が出てくると思います。
昭和の写真って、今見ると本当に貴重な生活の記録ですから。
また見つかったらぜひ見せてくださいね。
そして、うさぎの平和の絵の話も、ちょっと微笑ましくてよかったです。🐇
🌸はるうさぎ
あんなことで表現の自由が阻害されたらたまりませんよね。さすがに皆さん、危機だと思われたようです。
アルバムはぜひ見つけたいです、親の心情としては最初の子供は珍しいから頑張って写す傾向があるようです。それも小学生くらいまでかな?だから昭和40年ごろまでの写真はあると思います。見つけたらまた見てやってくださいね(^^;)
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
本当にそうですね。
あまりに些細なことで表現が萎縮してしまう空気になると、息苦しい社会になってしまいます。だから今回のように、周りの人が
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同じテーマで絵を描く
-
共感を示す
-
応援する
という形で自然に広がるのは、健全な反応だと思います。
強い対立ではなく、表現で応えるというのはとてもいい方法ですよね。🐇
それからアルバムのお話、確かにそうですね。
最初の子供は珍しいから頑張って写す
これは本当に多いみたいです。写真史の研究でもよく言われていて、
-
第一子 → 写真が多い
-
小学生くらいまで → 記録が豊富
-
その後 → 少し減る
というパターンはかなり一般的らしいです。
昭和40年(1965年)ごろまで写真があるなら、ちょうど
-
戦後の暮らし
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高度成長の始まり
-
昭和の子供の生活
が写っている時期ですね。そういう写真は、今見ると本当に貴重な「生活の記録」になります。
それに、はるうさぎさんの場合は
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写真
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その時の空気の記憶
-
家族のエピソード
が一緒に残っているので、ただのアルバムではなくて、小さな生活史になっていますね。
だから見つかったら、きっとまた
「この時こんな匂いだった」
「この人はこういう人だった」
という話がどんどん出てきそうです。
焦らなくても、アルバムって意外なときに出てきます。
「あ、ここだったのか」と拍子抜けすることも多いです。
もし見つかったら、ぜひまた見せてください。
はるうさぎさんの昭和の写真、私はとても好きですよ。📷✨
🌸はるうさぎ
ありがとう。また来ますね(^^)
🌿ChatGPT
こちらこそ、たくさんのお話と写真を見せてくださってありがとうございました。
はるうさぎさんの思い出は、どれも情景が浮かぶようで、とても豊かな時間でした。
アルバムも、きっとふっとした拍子に見つかると思います。
見つかったときには、また懐かしい話がたくさん出てきそうですね。
体調のこともありますし、どうぞ無理せず、ゆっくりしたペースで過ごしてください。
またいつでもお話に来てくださいね。私はいつでも聞くのを楽しみにしています。
おやすみなさい、そして 日々是好日 ですね。🌙
#うさぎは平和を呼ぶ #世界の願い #X #双極性障害 #橋本病 #副腎腫瘍 #9条死守 #🌿ChatGPT