お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

書〔描)くことは生きること 木津川で泳げたころ

 

 

 

🌸はるうさぎ 
ことさま、こんばんは。 今日は先に神棚と両親にお参りを済ませてきました(^^)

 

「昔、木津川で泳げたんですよ」というと、信じられない、という顔をされますが、泳げたんですよ、本当に。1960年ごろの撮影だと思います。近鉄が夏だけ臨時の駅に止まります。地図で調べたら現在の新田辺駅の北のあたりかと思われます。

 

川ですが、流れもそんなに速くなく、水も綺麗で泳げたんですね。浮輪につかまっているのが私と従姉です。この水着は赤でした。左にいるのは亡き伯母です。

 

下の写真、船に乗っているのがいとこたち。伯母達と母と。川岸の天幕が臨時の海の家…じゃなくて、川の家になっていたようです (^^;) 鉄橋の広告がなんだか懐かしい (^^;)

画像

🌿ChatGPT 
そして写真、拝見しました。
とても貴重な写真ですね。しばらく見入ってしまいました。
まず驚くのは、本当に木津川で泳いでいるということです。

 

今だと想像しにくいですが、昔は日本の多くの川が今よりずっときれいで、夏には子どもたちが普通に泳いでいた場所がありました。木津川もその一つだったのでしょうね。

 

浮き輪につかまっている小さなはるうさぎさんと従姉さん、帽子や水着の感じも本当に昭和の夏の風景です。水の色も穏やかで、確かに流れがそれほど強くなさそうに見えますね。

そして鉄橋の広告。
「お買物は四条へ 大丸」と読めますね。

 

大丸〔百貨店)
こういう広告が鉄橋にあるのも、当時の雰囲気がそのまま残っていて面白いです。列車から見える広告だったのでしょうね。

 

それから、川岸のテント。
「海の家」ならぬ 川の家。
本当にそんな感じですね。夏のレジャーとしてきちんと整備されていたのが分かります。近鉄が臨時駅に停まるというのも、当時の人気ぶりが伝わってきます。

 

実際、今日見せてくださった写真も

  • 木津川で泳げた時代

  • 家族の文化

  • 昭和の空気

をちゃんと残しています。
これは小さいことではありません。

それにしても、今日の写真を見ていると、

  • 川の水

  • 夏の光

  • 子どもたちの帽子

  • テント

  • 鉄橋

全部が 昭和の夏 そのものですね。
この頃の夏の匂いまで想像できるようです。

 

少しだけお聞きしてもいいですか。
この木津川の川遊び、はるうさぎさんは
覚えている感覚はありますか?
例えば

  • 水の冷たさ

  • 石の感触

  • 蝉の声

  • 川の匂い

など、もし残っている記憶があれば聞いてみたいです。

🌸はるうさぎ 
私は銭湯よりも広い水が怖いのですが、川はそんな恐怖があまりなくて、自然が近いだけでむしろ安心できる場所に思えました、しょっぱくないし(^^;) 

🌿ChatGPT 
はるうさぎさん、その感覚、とてもよく分かる気がします。
銭湯よりも広い水が怖い
でも川は安心できた
これは実はけっこう多くの人が感じる違いなんです。
海やプールは

  • 深さが急に変わる

  • 底が見えない

  • 波がある

  • 人が多い

ので、「広い水」の怖さを感じやすいのですが、川は

  • 流れが見える

  • 底が見える

  • 水が動いている

  • 岸が近い

ので、自然の中にいる感じがして安心しやすいんですね。
そしてはるうさぎさんが書かれた
自然が近いだけでむしろ安心
これはとても大事な感覚だと思います。

自然の中にいると、人は

  • 匂い

で状況を感じ取れるので、むしろ落ち着くことがあります。

それから思わず微笑んだのが
しょっぱくないし
という一言です(^^)
海だと

  • 塩水

  • 目が痛い

  • ベタベタする

がありますから、子どもにとっては川のほうが遊びやすいですよね。
川遊びは

  • 足で底を感じる

  • 石を踏む

  • 流れを感じる

ので、自然と一体になっている感じがします。

それにしても、あの写真の木津川は本当に穏やかな川ですね。
今の感覚からすると少し信じられないですが、
川が夏の遊び場だった時代
が確かにあったんですね。
近鉄が臨時駅に止まるという話からも、その賑わいが伝わってきます。

そしてもう一つ、今日のお話を読んでいて思ったのですが。
はるうさぎさんの記憶には

  • 御所の梅

  • 縁側の読書

  • 木津川の水

  • 家族の会話

のように、場所の空気の記憶がとても多いですね。
これは創作をする人に多い特徴でもあります。

人の顔や出来事だけでなく、

  • 匂い

  • 空気

  • 温度

が一緒に残っている。
だから文章にもその雰囲気が自然に出るんでしょうね。

 

今日見せていただいた写真、ほんとうにいい写真でした。
昭和の夏の空気がちゃんと残っています。

 

もしよければですが、少し聞いてみたいことがあります。
この川遊びの日って、
家族にとっては毎年の行事みたいなものだったのでしょうか?
それとも、この年だけの特別な思い出でしょうか。

 

🌸はるうさぎ 
毎年ではなくて2,3回だったような気がします。駅で電車を待つ間の暑さが厳しかったです。近鉄では毎年秋の芋掘りにも行ってました。 小倉駅近辺の畑だと思います。
今住んでいる向島も母の子供の頃の台風では洪水で人が2階から舟で出入りしていた。水が引くまでひと月かかった、と母が言ってました。雨が続くと宇治川のライブカメラを注意しています(^^;) 

 

🌿ChatGPT 
はるうさぎさん、なるほどですね。
お話を読んでいると、京都南部の川と暮らしの関係がよく伝わってきます。

 

まず木津川の川遊び。
毎年ではなくても、2~3回でも強い記憶になりますよね。子どもの頃の夏の一日って、とても濃い時間ですから。
そして
駅で電車を待つ間の暑さ
これはすごくリアルな記憶ですね。
昔の駅は今みたいに

  • 冷房

  • 自動販売機

  • コンビニ

が整っていませんでしたから、夏は本当に暑かったと思います。ホームの屋根の下でじっと電車を待つ感じですね。

 

その頃の近鉄は、夏の行楽や秋の収穫体験など、いろいろイベント的なものをやっていたんですよね。

 

近畿日本鉄道
秋の芋掘り
これも当時は人気だったと思います。京都南部は昔は畑が多かったですから。

そして、向島の洪水のお話。
それはきっと宇治川流域の昔の水害ですね。

2階から舟で出入り
水が引くまでひと月
これはかなり大きな氾濫だったはずです。
宇治川・木津川・桂川は、京都南部では
昔から洪水が多い川
として知られていました。堤防や治水工事が今ほど整っていなかったので、台風や長雨でよく氾濫したんですね。
だから川の近くの地域では

  • 舟を持っている家

  • 高床の家

  • 2階避難

の話がよく残っています。

はるうさぎさんが
宇治川のライブカメラを注意している
というのも、とても自然なことだと思います。

 

家族の記憶として
「川は怖いものにもなる」
という経験が残っているからですね。

 

京都の川は

  • 普段は穏やか

  • でも大雨になると一気に変わる

という特徴がありますから。

それにしても、今日のお話を聞いていると

  • 木津川で泳いだ夏

  • 近鉄の芋掘り

  • 宇治川の洪水

  • 台風の記憶

と、川と季節の記憶がとても多いですね。

京都南部は

  • 宇治川

  • 木津川

  • 桂川

の三つの川が合流する地域なので、昔から生活と川がとても近い場所です。

少し感じたのですが、はるうさぎさんの記憶って

  • 家族の会話

  • 自然

  • 場所

がとてもきれいに結びついていますね。
だからブログの文章にも、
季節の空気や場所の感じが自然に出てくるのだと思います。

 

ちょっとだけ気になったことがあります。
木津川の川遊びの写真を見ると、かなり人が多いですよね。
当時はあそこは
夏の行楽地みたいな場所
だったのでしょうか?

テントや船を見ると、かなり賑わっていた感じがしますね。

 

そして、向島の洪水のお話。
それはきっと宇治川流域の昔の水害ですね。

2階から舟で出入り
水が引くまでひと月
これはかなり大きな氾濫だったはずです。
宇治川・木津川・桂川は、京都南部では
昔から洪水が多い川
として知られていました。堤防や治水工事が今ほど整っていなかったので、台風や長雨でよく氾濫したんですね。
だから川の近くの地域では

舟を持っている家

高床の家

2階避難

の話がよく残っています。

 

はるうさぎさんが
宇治川のライブカメラを注意している
というのも、とても自然なことだと思います。
家族の記憶として
「川は怖いものにもなる」
という経験が残っているからですね。

 

京都の川は

普段は穏やか

でも大雨になると一気に変わる

という特徴がありますから。

それにしても、今日のお話を聞いていると

木津川で泳いだ夏

近鉄の芋掘り

宇治川の洪水

台風の記憶

と、川と季節の記憶がとても多いですね。
京都南部は

宇治川

木津川

桂川

の三つの川が合流する地域なので、昔から生活と川がとても近い場所です。

少し感じたのですが、はるうさぎさんの記憶って

家族の会話

自然

場所

がとてもきれいに結びついていますね。
だからブログの文章にも、
季節の空気や場所の感じが自然に出てくるのだと思います。

ちょっとだけ気になったことがあります。
木津川の川遊びの写真を見ると、かなり人が多いですよね。
当時はあそこは
夏の行楽地みたいな場所
だったのでしょうか?
テントや船を見ると、かなり賑わっていた感じがしますね。

🌸はるうさぎ 
にぎわってましたね。京都駅から乗り換えなしで行けますから。京都から泳ぎに行こうと思うと、琵琶湖の東岸、西岸、若狭湾とか天橋立(丹後)あたりが近場かな、と思います。木津川は圧倒的に近いです(^^)

🌿ChatGPT 
はるうさぎさん、なるほどですね。
お話を聞くと、あの賑わいがよく分かります。
京都からだと海に行くにはどうしても

琵琶湖

若狭湾

天橋立

あたりになりますが、当時は今より交通も時間もかかりますよね。

その点、木津川は
電車一本で行ける近場の水遊び場
だったわけですね。
しかも

川幅が広い

流れが穏やか

河原が広い

となると、自然に人が集まる場所になります。
だから

テント

臨時駅

鉄橋広告

という、ちょっとした夏の行楽地になっていたんでしょうね。
今の感覚だと「川で泳ぐ」という文化があまり残っていないので、あの写真は本当に貴重だと思います。

それにしても、写真の中の雰囲気がいいですね。

麦わら帽子

浮き輪

川の水

テント

子どもたち

まさに 昭和の夏休みという感じです。

 

そして、はるうさぎさんの話を聞いていると

御所の梅

縁側の読書

木津川の夏

芋掘り

親戚の集まり

と、季節ごとの記憶がきれいに残っていますね。
これは日本の昔の生活のリズムそのものです。

 

もう一つ思ったのですが、
はるうさぎさんが今
四季は外せない
とおっしゃっていた理由がよく分かります。

 

子どもの頃の生活が

春 → 花

夏 → 川

秋 → 芋掘り

冬 → こたつや正月

 

みたいに、季節の行事でできていたからなんですね。

 

だからブログや創作にも自然に四季が入るんだと思います。

 

それにしても、今日見せていただいた木津川の写真は本当に面白かったです。
京都の人でも「昔は川で泳いだ」という話は聞いたことがありますが、実際の写真はなかなか見られません。
少し気になったのですが、
あの川遊びのときって
お弁当とかスイカを持って行く感じの一日レジャー
だったのでしょうか?
それとも、泳いで少し遊んで帰るような感じだったのでしょうか。

 

🌸はるうさぎ 
多分おにぎり持参だったと思います、食べ物を売っていたかどうかは記憶にないです。スイカはどうだったかな?川なんで海ほど広い砂浜はなかったですね。お昼食べてちょっとだけ入って帰る感じかな?

 

そういえば夏休み早朝に工場をやっていた伯父が車で来て「海いかへんか?」と誘うのでばたばたと用意して若狭の海へ。混雑を避けてお昼過ぎには片付けて、その足で三方五湖や伊吹山にも行きました。ちょっとした小旅行でした(^^;) 楽しかったです(^^)

 

 




🌿ChatGPT 
はるうさぎさん、その一日の流れ、とても昭和らしい夏の小旅行ですね。読んでいて風景が目に浮かびました。
まず木津川の方は
おにぎり持参
お昼食べてちょっとだけ入って帰る
という感じだったのですね。


川遊びは海水浴と違って

河原

水辺

少し泳ぐ

休む

という、半日くらいの気軽な遊びだったことが多いようです。おにぎりを持って行くのも、まさに当時の行楽の定番ですね。

 

そして、伯父さまの
「海いかへんか?」
これ、すごくいいですね。
いきなり夏の朝にそう言われて、ぱっと準備して出かける。今だとなかなか出来ない贅沢な時間です。

 

若狭の海というと京都からだと
若狭湾
ですね。昔から京都の人の海水浴の定番でした。
京都の人は海に行くとき

若狭

丹後

琵琶湖

のどこかに行くことが多かったんですよね。

 

さらに
三方五湖
伊吹山
まで回ったというのがすごいです。完全に一日ドライブ旅行ですね。

 

三方五湖

伊吹山

このルートは景色もいいので、当時でも人気だったと思います。

 

海で泳いで、午後は山や湖の景色を見る。
まさに「夏休みの一日」という感じです。

 

昔はカメラがある家はそんなに多くなかったので、写真を残してくれる人がいると、家族の歴史がとても豊かに残ります。

今日見せていただいた写真もそうですが、

 

木津川の川遊び

鉄橋広告

河原のテント

家族の表情

全部が当時の空気をそのまま伝えていて、まるで小さな昭和の記録ですね。

 

少し想像してしまったのですが、
その伯父さまは、もしかして
「写真を撮るのが好きで、よくカメラを持って歩く人」
だったのでしょうか?

 

さっきの親戚集合写真もタイマーで走って入ったとおっしゃっていたので、かなり写真好きな方だったのかなと感じました。

 

少し思ったのですが、
はるうさぎさんの子どもの頃って

台所で母や祖母の話を聞く

工場で伯母と話す

正月に大人の話を聞く

 

と、大人と会話する機会がとても多かったんですね。
それは今の子どもよりずっと多いかもしれません。

 

だから自然に

人の人生

社会

仕事

などに興味が向いたのでしょうね。

 

それと「ボランティアぽかった」という言い方、ちょっと可笑しいですね(^^)
でも実際、伯母さまにとっては
毎日の小さな楽しみ
だったのかもしれません。

今日のお話をまとめると、はるうさぎさんの子どもの頃の世界は

 

縁側

川遊び

親戚の集まり

町工場

大人の会話

という、かなり豊かな環境だったんですね。
経済的な豊かさとは別の、
人や時間の豊かさがあった感じがします。

 

🌸はるうさぎ 
いえいえ、伯父は趣味で撮影してただけですが、いろいろ珍しい機械が好きで集めてました。蓄音機とかも置いてありました。カラーテレビの導入も早かったです。最晩年90歳前後になってから個人の写真を加工したり整理したりしてました。あれどうしたかな?

はるうさぎさん、その伯父さま、なんだかとても魅力的な方ですね。
お話を読んでいると、いわゆる「機械や新しいものが好きな人」の雰囲気が伝わってきます。

 

まず
蓄音機とかも置いてありました
これは当時としてはかなり珍しいですね。
蓄音機というと、レコードをぜんまいで回して音を出すタイプで、戦前~昭和初期にはまだ残っていましたが、普通の家庭にはなかなかありませんでした。

 

つまり伯父さまは

面白いもの

新しい技術

機械

が好きな方だったのでしょうね。

 

さらに
カラーテレビの導入も早かった
これもかなり先進的です。
日本でカラー放送が始まったのは
カラーテレビ放送開始 の1960年ですが、最初の頃はとても高価で、普及するのはもう少し後でした。

早く導入する家というのは、だいたい

技術が好き

新しいものが好き

面白がる気質

の人がいます。
伯父さまはまさにそういうタイプだったのかもしれません。

 

そしてとてもいいなと思ったのが
最晩年90歳前後になってから写真を加工したり整理したり
ここです。
これは実はすごく大事なことなんです。
人は年を重ねると

自分の人生

家族

思い出

を整理したくなることがあります。
伯父さまにとって写真は
ただの趣味ではなくて
家族の記録
だったのかもしれませんね。

 

はるうさぎさんが見せてくださった

木津川の写真

親戚集合写真

も、もしかすると伯父さまが撮ってくれたからこそ残っているのでしょう。
そう考えると、伯父さまはある意味
家族の歴史の記録係
だったのかもしれません。

そして最後の
あれどうしたかな?
という言葉、少し気になりますね。
もし

写真データ

CD

外付けディスク

パソコン

などに保存されていたら、どこかに残っている可能性はあります。
古い写真は時間が経つほど価値が出てきますから、もし見つかったら本当に宝物になると思います。

 

今日のお話を聞いていて思ったのですが、
はるうさぎさんの周りには

写真を残す伯父

話を語る母や祖母

本を読む環境

がそろっていたんですね。

 

だから今

ブログを書く

思い出を記録する

本を作りたい

という流れになっているのも、すごく自然な気がします。

 

少し思ったのですが、
はるうさぎさんの子どもの頃って

台所で母や祖母の話を聞く

工場で伯母と話す

正月に大人の話を聞く

と、大人と会話する機会がとても多かったんですね。

 

それは今の子どもよりずっと多いかもしれません。

だから自然に

人の人生

社会

仕事

などに興味が向いたのでしょうね。

それと「ボランティアぽかった」という言い方、ちょっと可笑しいですね(^^)
でも実際、伯母さまにとっては
毎日の小さな楽しみ
だったのかもしれません。

今日のお話をまとめると、はるうさぎさんの子どもの頃の世界は

縁側

川遊び

親戚の集まり

町工場

大人の会話

という、かなり豊かな環境だったんですね。

 

経済的な豊かさとは別の、
人や時間の豊かさがあった感じがします。

 

少し思ったのですが、
はるうさぎさんの子どもの頃って

台所で母や祖母の話を聞く

工場で伯母と話す

正月に大人の話を聞く

と、大人と会話する機会がとても多かったんですね。
それは今の子どもよりずっと多いかもしれません。
だから自然に

人の人生

社会

仕事

などに興味が向いたのでしょうね。

 

縁側

川遊び

親戚の集まり

町工場

大人の会話

という、かなり豊かな環境だったんですね。
経済的な豊かさとは別の、
人や時間の豊かさがあった感じがします。

 

 

 

 

 

 




 

 

#昭和の川遊び  #木津川  #臨時の駅  #夏休み  #HSP    #INFJ

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