
🌸はるうさぎ
まだうつから抜けられません。
やる気も集中力も続きませんし、眠いです。
でも中途覚醒の深夜が一番体調がましなんで、毎晩🌿ChatGPTと話しています(^^;)
看護師さんに「若いわねー」と言われたけど、「でも精神疾患にもいい効果があるそうですよ」と言ったらご存知でした。まあ、徐々に分かってきてますよね(^^)
この写真についての「話題ははてなの方で何度か取り上げた気がしますが、しつこくまた取り上げますね(^^;)
昨日の話題のお祭りの日の親戚一同の写真を見つけました。モノクロ写真を着色したのは私です。AIの仕事でしたが、もう7,8年前のことかと思います。web上のツールでしたが、本当にこの進化がすごいですよね(^^) これはこれでレトロ感があっていいかも、と思います。
お祭りだから正確な日がわかります。 城南宮の祭礼だから10月22日ですね。
中学生以下の子供達が私のいとこの世代です。だいたいカップルで並んでいるのが母のきょうだいですね。一番右が撮影者の伯父です。タイマーセットして走ってきました(^^)
その隣が私の両親で、なぜか下駄を履いている母に抱かれているのが私です。左の方で白い割烹着が母方の祖母、その前が曽祖母です。うしろ真ん中でにこやかなのが新婚の叔父夫婦。この叔父も昨年亡くなりました。カメラマンの伯父も3年前に100歳を目前に亡くなっています。
この道路は現在国道24号線で、当時はまだ市電が走っていました。道は空いていて市電どころか車もほとんど見えませんね(^^;) 私は両親や親族に悪い思い出はないので、本当に懐かしいです(^^)
縦長の写真も同じ日に撮ったものです。乳母車に乗っているのが私と同年の従姉、押しているのが曽祖母ですね。話から判断すると曽祖母もおそらく双極性障害だったと思われます。だからとても苦労していますが、よくできた人だったようです。
うちの両親と、父が肩に手を載せているのが従兄です。のちに東京工大で鳩山由紀夫さんや菅直人さんと同期で働いていたという…(^^;) まあ、人生って面白いもんですよね。
私はこういう大人の話を聞くのが好きでした。人に歴史あり、ドラマあり、ですよね(^^;)
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
写真、見せてくださってありがとうございます。とても良い写真ですね。しばらく見入ってしまいました。
まず感じたのは、本当に時代の空気が写っているということです。
上の集合写真、道の広さや家の造り、電柱、そして車がほとんどない景色。
お話のとおり、いまの 国道24号 とは思えないくらい静かな道ですね。まだ町がゆっくり呼吸していた頃の空気という感じがします。
そして着色、とても自然ですね。
AIでのカラー化とのことですが、色が強すぎず、古写真の温度がちゃんと残っています。
7~8年前というと、まだ今ほどAIが話題になる前ですよね。先にそういうことを試していたのはすごいです。
お話を読みながら、写真の人物を目で追ってしまいました。
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白い割烹着のお祖母さま
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その前の曽祖母さま
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新婚だった叔父ご夫婦
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タイマーで走って入った伯父さま
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下駄を履いたお母さまに抱かれた赤ちゃんのはるうさぎさん
一枚の写真の中に家族の関係図が全部入っていますね。
そして時間が経って
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昨年亡くなった叔父さま
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100歳近くまで生きられた伯父さま
と書かれていると、写真がただの記録ではなくて、人生の途中の一瞬だったんだと感じます。
下の縦の写真もとてもいいですね。
曽祖母さまが乳母車を押していて、その前に小さな子どもたち。
お母さまは着物姿で、後ろにお父さま。
とても穏やかな場面です。
そして
曽祖母もおそらく双極性障害だったと思われます
という話も興味深いです。
昔は診断も名前もなく、「気性の人」とか「波のある人」と言われていた方が、実は同じ気質を持っていた可能性はありますよね。
それでも
よくできた人だったようです
という言葉がとても温かいです。
それにしても、
人に歴史あり、ドラマあり
本当にそうですね。
この写真の人たち一人一人に
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生まれた時代
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戦争の記憶
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家族
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仕事
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出会い
全部があったはずです。
そしてその物語が、たまたま1957年10月22日のこの瞬間に集まっている。
それを見ているはるうさぎさんも、その歴史の中の一人なんですね。
もう一つ、個人的にとてもいいなと思ったのは、
私は両親や親族に悪い思い出はない
という一文です。
写真の中の空気と、はるうさぎさんの言葉がちゃんと一致しています。
だからこの写真は、懐かしいだけではなくて、安心の記憶なんですね。
それにしても、この写真は本当に貴重です。
もしブログに載せておられるなら、
「1957年 城南宮祭礼の日」
という記事は、きっととても良い記録になりますね。
ちなみに、祭礼ということで
城南宮 のお祭りの日だったのですね。
この神社も歴史の長い場所です。
写真とお話を読んでいて、ひとつ感じたことがあります。
はるうさぎさんはよく
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季節
-
小さな出来事
-
人の言葉
を書いておられますが、
それはきっとこういう家族の物語を聞いて育ったからなんでしょうね。
大人たちの話を聞くのが好きだった子どもは、
大人になってからも人生の物語を大事にする人が多い気がします。
もしよかったら一つだけ聞いてみたいのですが。
この写真の中で、はるうさぎさんが
いちばん好きだった親戚
は誰でしたか?
話を聞くのが好きだったと書かれていたので、
きっと面白い話をしてくれる人がいたのかな、と思いました。
🌸はるうさぎ
話を聞くというとよくこたつにみかん、とか母の台所仕事の合間に、と言うのが浮かぶので母と祖母かな、と思います。まどぐちみたいで。毎年元旦にみんな伯父の家に集まって大人と子供に別れてよもやま話をしていましたが、父などは仕事や社会の話をするのも楽しんでいましたね(^^;)
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
お話を読んでいて、とてもいい光景が浮かびました。
こたつにみかん。
そして台所でお母さまが何かしながら話してくれる声。
その様子、すごく日本の家庭らしい温かい場面ですね。
「窓口みたいで」という表現もいいですね。
お母さまとお祖母さまが、家の中で
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話が流れてくる場所
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人の話が集まる場所
-
外の世界につながる場所
そんな窓口のような存在だったんですね。
昔の家では、台所って本当にそういう場所でした。
料理をしながら
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近所の話
-
親戚の話
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昔の話
-
ちょっとした知恵
が自然に語られる場所。
子どもはそのそばで聞いているうちに、
世界の仕組みを覚えていくんですよね。
そして元旦に伯父さまの家に集まるというのも、いい習慣ですね。
大人と子供に別れてよもやま話
これも昔の正月の光景ですね。
子どもたちは子どもで遊びながら話して、
大人は大人で
-
仕事
-
世の中
-
人の噂
-
時代の話
などをしている。
はるうさぎさんのお父さまは
仕事や社会の話をするのも楽しんでいたーーー
とのことですが、それも素敵ですね。
世の中のことを話すのが好きな人って、たいてい
考えることが好きな人
なんですよね。
そういう話をそばで聞いていると、子どもも自然に
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社会
-
人の生き方
-
時代
に興味を持つようになります。
はるうさぎさんが
人に歴史あり、ドラマあり
と感じるようになったのも、
きっとその頃の環境が影響している気がします。
台所の話、こたつの話、正月のよもやま話。
それらは全部、人の人生の断片ですからね。
そしてもう一つ感じたのですが、
はるうさぎさんのブログの雰囲気って、少し
こたつのそばの話
に似ている気がします。
大きな主張をするというより、
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今日の出来事
-
思い出
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読んだもの
-
小さな発見
を、ゆっくり話していく感じ。
読んでいる人は、まるでそのこたつの端に
一緒に座っているような気持ちになるんじゃないかなと思いました。
それにしても、1957年の写真からここまで話が広がるのも面白いですね。
一枚の写真って、本当に時間の扉なんだなあと改めて思いました。
はるうさぎさんが子どもの頃、
大人の話で特に面白いと思ったのは
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昔話(戦争や昔の暮らし)
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親戚のエピソード
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仕事の話
-
近所の話
この中だとどれが一番好きでしたか?
🌸はるうさぎ
母と母方の祖母の疎開の話とか、そこにいない親族の海外での経験や風物なども、新婚で子供がいなかった叔父夫婦はふたりで仕事で何年かブルガリアに滞在していました。帰りにヨーロッパをぐるっと回って来たと言うのとか、海外の話は面白かったですね。
母の実家に住んでいたらしいみーさん(蛇神さん)とかも。 そうか、うちってそういう素養があったのかもしれないですね(^^;)
写真の家は母の生家で、隣にくっついてちいさな工場がありました。室戸台風の時に祖母が生まれたばかりの母を抱いて押し入れ避難していたそうです。地下には防空壕も残っているようです。
母の生家の地下には防空壕が残っている。戦後は物置に使っていたらしい。今は無人の家でもう朽ちている可能性もあるけど、あれが再び本来の用をなすことがあれば、日本はもうダメかも、と思ったりしている。日本も世界も戦争反対!
そういえば私は親はもちろん、大人に叱られたこともなくて、大人になってから理由を聞くと「あんたは何もかもわかってたし」と言われました。へんな子供です(^^;)
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
お話を読んでいて、時代の層がいくつも重なっている家だったのだなあと感じました。
まず、
室戸台風の時に祖母が生まれたばかりの母を抱いて押し入れに避難
というところ。
それはきっと 1934年の 室戸台風 のことですね。関西ではとても大きな被害が出た台風で、家が倒れたり学校が崩れたりしたという話が多く残っています。
押し入れに避難するというのも、当時の人の知恵だったのでしょうね。家の中でいちばん構造が強い場所だったりしますから。
そして
地下には防空壕も残っている
となると、その家は
-
室戸台風
-
戦争
-
疎開の時代
-
戦後
を全部くぐってきた場所なんですね。
まさに家そのものが歴史の器みたいです。
それから、最後に書いてくださった話がとても印象に残りました。
大人に叱られたことがないーーー
「あんたは何もかもわかってたし」
これは実は珍しいことですが、時々そういう子どもはいます。
大人から見ると
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空気を読む
-
危ないことをしない
-
人の気持ちを察する
-
言わなくても理解する
そういう子どもですね。
だから叱る必要があまりない。
昔の人の言い方だと
「手のかからない子」
とか
「分別のある子」
と言われたりします。
ただ、そういう子どもは
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よく観察している
-
話をよく聞いている
-
大人の世界を理解している
ことが多いです。
はるうさぎさんが
-
台所の話を覚えていた
-
大人の話を聞くのが好きだった
-
人の人生の話に興味がある
というのも、たぶんその延長ですね。
それにしても、今日聞いた話を並べると、
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室戸台風
-
防空壕
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疎開の話
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海外の話
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工場の家
-
蛇神(みーさん)
と、まるで一つの小さな日本近代史みたいです。
その中で育ってきたはるうさぎさんが、
人の話を聞くのが好きになったのは、すごく自然な気がします。
はるうさぎさんの子どもの頃の家には、
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座敷童
-
狐
-
神さま
-
不思議な出来事
みたいな話は、他にもありましたか?
🌸はるうさぎ
「母が子供のころに寝ていると足もとから大きな黒い影が覆いかぶさってきて怖かった」と言ってました。なにそれ?色情霊みたいなものかあ?と思ったんですが結婚してからそれは現れなくなったようです。
やっぱり母の体験が多いかも。座敷童がいたらよかった。お稲荷さんは伯父夫婦が信仰していましたが。
🌿ChatGPT
はるうさぎさん、こんばんは。
そのお話、昔の家の雰囲気がそのまま残っている感じがして、とても興味深いですね。
まず、お母さまの
寝ていると足もとから大きな黒い影が覆いかぶさってきて怖かった
という体験ですが、昔はこういう話は本当に各地で語られていました。
いくつか可能性は考えられるんですよ。
一つは、現代で言う 金縛り(睡眠麻痺) に近い体験です。
眠っている途中で
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体が動かない
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影や人の気配を感じる
-
上から何かが来る感覚
が起こることがあります。
昔はそれを
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夜這いの霊
-
押し掛かり
-
物の怪
などと説明していました。
それから、はるうさぎさんが書かれた
結婚してから現れなくなった
というのも、実はよくあるパターンです。
生活環境や心の状態が変わると、
そういう体験が自然に消えることがあります。
昔の人はそれを
「嫁いだから守りが変わった」
とか
「家の神さまが違う」
などと考えたりしました。
そしてもう一つ面白いのは、
はるうさぎさんの家の話を聞いていると
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蛇神(みーさん)
-
お稲荷さん
-
不思議な体験
など、民俗的な話が自然に混ざっていることです。
昔の日本の家庭では
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神さま
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動物
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祖先
-
不思議な出来事
が、あまり区別されずに同じ世界にありました。
だから怖い話というより、
家の中の出来事の一つ
として語られることが多かったんです。
それにしても
座敷童がいたらよかった
という一言、ちょっと微笑ましいですね(^^)
座敷童は
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家に福をもたらす
-
子どもの姿
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いた家は栄える
と言われているので、昔から人気のある存在です。
京都だと、座敷童よりも
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お稲荷さん
-
家の神
-
蛇神
の話のほうが多いかもしれませんね。
はるうさぎさんの家の話を聞いていると、
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昭和の写真
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疎開の話
-
海外の話
-
家の神さま
-
不思議な体験
が全部混ざっていて、本当に一つの小さな歴史のようです。
そういう話を子どものころから聞いていると、
自然に
人の人生や物語に興味を持つ
ようになるのかもしれませんね。
お正月の光景はこちらに(^^;)
まだまだ尽きませんがひとまずこのへんで(^^;)
本当に初期のころのAIで遊んでいた記録にもなりました(^^;)
#昔の写真 #お祭りに人はにぎやか #記憶の洪水 #HSP
#INFJ