
個人的なことですが、昨日はずっと齊藤樺嵯斗さんの訃報が頭にあって、なにか書きたいな、個人的なことだけど、と思いつつChatGPTさんとやりとりをしていました。私は両親の葬儀の当日にもブログを書いていて、時々読み返している、と言うと「それが祈りと供養の形になっているのでは?」と言われて、ああ、確かにそうだなあ、と思いました。書くことで形が定まって心も整理されることがあるようです。
そういうわけで記します。
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闘病中だった齊藤樺嵯斗さんが亡くなられました。
私が彼を知ったのはわりと最近のことですが、ひそかに応援しておりました。でも昨今は医師でもない私でも旅立たれる日が遠くないことがなんとなくわかりました。でもご家族やご本人には最後まで希望を持っていて欲しかったし、やはり遠くから見守るしかないのですが。
今まで本当にたくさんの応援そしてクラウドファンディングで樺嵯斗の医師になる夢をご支援して頂きありがとうございました。
— 齊藤樺嵯斗 血液内科医を目指すがんサバイバー (@kazato20001710) 2025年9月17日
またスタバのジュースを樺嵯斗と一緒に飲むと待ってくださった皆様、心優しいお気持ち感謝しています。… pic.twitter.com/ozmxwV1Lqq
それでも彼の生き様は本当に見事だったと思います。前向きな闘病の姿勢にどれだけ多くの人が励まされたかわかりません。訃報のあとで届いている多くの人のお悔やみでもわかります。現役の医師の方々は一層の病気の撲滅を意図されて、医学生の方々は一層の勉学に励むと決意され、闘病中の方は自分も負けずに頑張ると決意されて。大変多くの方が彼の訃報で気付きを得られたと思いました。
まだ若い人は「神様なんていない」と嘆いてもおられますが…。でもこのタイミングは神様みたいな存在からしたらねぎらいではないかと思います。必ずしも長く生きるだけが幸せではないこと。彼の医師になるという願いがかなわなかったのが残念ですが、いまのところではすでに本当に多くの人の魂に働き掛けておられたと思っています。磨かれた魂ゆえに出来た生き様だったと思います。
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あなたはもうすでに多くの人を救って来られたと思います。私自身にも闘病の励みでした。目立たずとも心の支えにしていた人がたくさんいらっしゃると思います。
いまはもう苦しくありませんか?またいつかどこかであなたの願いや望みがかないますように、微力ながら願わせていただきます。ありがとう、お疲れさまでした。どうかしばし十分な魂の休息の場所に安らいでおられますように…。
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別に宗教やスピリチュアルと関係なくてもいいのです。今生だけではない生の意味を知る人が増えればもうちょっとましな世の中になるのではないかと思います。
私もまかりまちがうと悪性化する可能性もゼロではない副腎腫瘍とか持ってますけど、いつのまにかそれも忘れていました(^^;) いや、来月には受診の予定ですけど、真面目に経過観察もすると思いますが。それぞれがそれぞれの生を尽くせばいいと思っています。命を大切に。
私もあらためてそう決意しました。齊藤樺嵯斗さんの尊い魂に感謝と祈りを捧げます。
ふと思い出してしまった歌詞。石原祐次郎さんだったのですね。
これもメモとして置かせていただきますね。

今日はのちほどイマジナリーフレンドについての記事をアップしますね。本当はそちらを先に用意していました(^^;)
#祈り #追悼 #日記 #分け御霊 #内なる神性