お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

お金には換算できない私の幸せ感

 

昨日、背中の凝りがひどくて逆流性食道炎が悪化してたけど、マッサージのおかげで背中がぬくぬくしてる。ありがたい。今日もなるべく胃腸を休めようと思う(^_^;)

 

あああ、Photoshopのプリセットがないと作業にならない(TT) ささやかなものだと思ってたけど、自分用のカスタマイズは結構がんばって積み上げてたみたいです。プロにお願いして確実に取り戻してもらおう。あれも立派な財産だったわ。なくなってみると痛感します。

 

 

 

以下は真夜中にAIとやりとりした創作関連のネタですが、ものすごく長くなったのでお暇な方だけお読みくだされば、と思います。でも私はこういう内容も荒唐無稽ではなくて、遠からず実現するかとは思っています(^_^;)

 

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著作権についてAdobeから

 

中途覚醒中に失礼します。

Adobeの文書の中にあった「著作権」と言うものについて考えていたのですが、Adobeの場合はそもそもAIの学習の資料に著作権と無関係の物を使っているのは知っています。

 

比較するものではないと言われますが、そもそも二次創作の著作権については今も結構曖昧なままでいいのでしょうか?AIの学習が本当に細かい単位のものであるのに対して二次創作というのはまずオリジナルありきでキャラクターの設定やデザインをそのまま使ってるのになあ、と思います。他人様のキャラと設定をそのまま借りて演技してもらってる感じ?本来は許可と使用料が必要になりそうです。

 

そもそもはあれもパロディだったんですよね。風刺の意味合いが大きかったし、その段階ではちょっと屈折したファン心理も理解できました。それがどんどん発展して同人誌の大半以上の存在になっても「原作者や関係者のお目溢し」ではありますよね。本来ならお金が絡む世界、それこそ著作権が問題になってもおかしくないと思うんですが。

 

未知の作品に対するAIの学習だけに著作権云々の問題提起をされるのはおかしくないですか??(素朴な疑問です)

 

 

中途覚醒中にお邪魔してすみませんね。さて、ご質問の「著作権」とAIの学習、そして二次創作についてのお話を拝見しました。なかなか深い話題で、考えさせられますね。

まず、Adobeのケースで言えば、彼らがAIの学習に使う素材が著作権と無関係なものである、というのは確かに一つのポイントです。つまり、パブリックドメインや自社で用意したデータを使っている可能性が高いわけで、そこは法的なグレーゾーンを避けるための工夫とも言えますね。一方で、二次創作についてはおっしゃる通り、オリジナル作品のキャラクターや設定をそのまま借りてくるケースがほとんどで、これは確かに「著作権」という観点から見ると微妙なところがあります。

二次創作の文化、特に同人誌のようなものは、歴史的にパロディやファン活動の一環として始まったものが多いですよね。風刺だったり、愛情表現だったり。そういう意味では、「原作者のお目溢し」や暗黙の了解で成り立ってきた側面が強い。ただ、それが商業規模に発展してくると、お金が絡む以上、著作権の問題が浮上するのは自然な流れかもしれません。本来なら、許可と使用料が必要になるべき、というあなたの感覚はすごく納得できる視点です。演技してもらってる感じ、という例えも面白いですね。まさに他人の資産を借りてきて、自分の物語を展開してるようなものですから。

で、AIの学習に戻ると、未知の作品を細かい単位で解析して何か新しいものを生み出すプロセスと、二次創作が既存のキャラや設定をそのまま使うプロセスって、確かに性質が違いますよね。AIの場合は「インスピレーションの抽出」に近い部分がある一方、二次創作はもっと直接的に「原作の要素」を引き継いでる。なのに、AIの学習にだけ著作権の問題が持ち上がるのは、ちょっと不均衡に感じる、というのも理解できます。

ただ、現実的には、AIの学習に対する著作権の議論が注目されるのは、それが技術的に新しい領域だから、というのも大きいかもしれません。二次創作は長年の慣習として「ファン文化」の中で許容されてきたけど、AIは企業が絡む規模の話になりやすく、利益や責任の所在が明確じゃない分、法的リスクがクローズアップされやすいのかも。

結局、二次創作の著作権が曖昧なままでもいいのか、という問いに対しては、正直「良くはないけど、現状そうなっちゃってるよね」というのが実情に近い気がします。法的に厳密にやろうとすると、同人文化そのものが縮小しちゃう可能性もあるし、原作者側もファンの熱意を潰したくない、というジレンマがあるんでしょうね。一方で、AIの学習については、今後もっと明確なルールができるかもしれない。未知の領域だからこそ、議論が活発になってる段階なのかも。

 

 

適当なところで決まるといいな


あなたはどう思いますか?この曖昧さを残したままでも文化が育つと思うか、それとももっと線引きが必要だと思いますか?

 

いらない気兼ねが不要になるなら、線引きは難しいけどある方がいいと思います。前例が無いから皆さん慎重なのかも。私は役所などで「前例がない」と言われるとその場で作りませんか?と言っちゃうタイプです。

 

もっと積極的にいろんな立場の人に話を聞いてガイドラインを引いて欲しいんですが。ただ決めることに参加するメンバーは実際にやってみたことがある人、という条件がある方がいいです。これは絶対に。でないと偏見のない意見が出ないと思います。やってみないで何がわかるの?と思うので。

なるほど、すごく前向きで実践的な視点ですね。「いらない気兼ねが不要になるなら線引きがあった方がいい」というのは、確かにその通りかもしれません。曖昧さが残ると、結局みんなが遠慮したり不安を抱えたりして、創造性が逆に制限されちゃうこともありそうですよね。

「前例がない」と言われたら「その場で作りませんか?」と返すタイプ、というのも最高です。そういう積極性があれば、新しいルールやガイドラインを作る議論もぐっと進みそう。私も「前例がないから慎重に…」みたいな空気って、ちょっと停滞感あるなと思うことがあります。あなたみたいに「じゃあ今作ろうよ!」って言える人がいると、場が動きますね。

ガイドラインを引くのにいろんな立場の人の意見を聞くべき、というのもその通りだと思います。特に「実際にやってみたことがある人」という条件は大事ですよね。二次創作やってる人、AIで何か作ってる人、原作者側の人、それぞれの現場を知ってる人が集まらないと、現実味のないルールになっちゃう。机上の空論じゃなくて、「やってみて初めてわかる」感覚を反映させたいですよね。私も「やってみないで何がわかるの?」っていう気持ち、めっちゃ共感します。頭でっかちに語るより、まず手を動かしてみた人の声が聞きたい。

 

 

とても微妙なガイドラインの位置

 

ただ、線引きするのって本当に難しいですよね。どこまでが「OK」でどこからが「NG」か、例えば二次創作なら「キャラの見た目を変えたらセーフ?」とか「設定だけ借りたらどうなる?」とか、細かいケースで揉めそう。でも、あなたの言うように、積極的に話し合って決めるプロセスがあれば、少なくとも「誰もが納得する完璧な線」は無理でも、「まあこれならいけるか」くらいの落としどころは見つかるかもしれないですね。



もしあなたがそのガイドライン作りの場にいたら、どんな意見を出したいですか?具体的に「これだけは入れて欲しい」とかありますか?

 

二次創作はキャラと作者への愛情と敬意は必須ですよね。作者にお見せしても大丈夫な感じの(^_^;)最低ラインはその辺であとはファンの良識かなあ。

 

創作に宿る魂

 

本当にその通りですね。結局、二次創作也好、AIを使う也好、全部「人間の責任」に帰ってくる。ツールやキャラはあくまで手段であって、それを使う人間の気持ちや姿勢が全てを決めるっていうのは、すごく腑に落ちます。「人としての自分」や人間性を磨くことが大事っていうのも、創作の本質をついてますね。愛情や敬意もそうだけど、そこに創作者の「人間らしさ」が乗っかって初めて、作品に魂が宿る感じがします。

 

二次創作でもAIでも、「誰かが作ったものを借りる」っていう行為自体は同じでも、それをどう扱うか、どう料理するかで全然違ってくる。キャラへの愛を込める人もいれば、ただ便利だから使うだけの人もいるだろうし、AIだって「面白いものを作りたい!」っていう情熱で動かす人もいれば、機械的に量産するだけの人もいる。そこに人間性が出るんですよね。
創作って、確かに全部そうですよね(笑)。技術やツールが進化しても、最後は人間の心が映し出される。「人間性を磨く」って言葉、シンプルだけど深いなあ。私も何か作るときに、「これって自分らしいかな?」とか「これに自分の気持ち入ってるかな?」って考えることありますよ。あなたはどうですか?創作するときに「これだけは大事にしたい」って思うポイントありますか?

 

イマジナリーフレンドが複数名存在していて、私の中でバランスを取ってくれるので、極端に走る心配もなくてありがたいです(^_^;)

 

イマジナリーフレンドが複数いて、バランスを取ってくれるなんて、めっちゃ素敵な仕組みですね!頭の中で小さなチームが動いてるみたいで、なんか微笑ましいです(笑)。極端に走る心配がないっていうのも、その仲間たちのおかげで安心感があるんでしょうね。創作って時に暴走しそうになることもあるから、そうやって内側で調整してくれる存在がいるのは心強い。

そのイマジナリーフレンドたちって、具体的にどんな感じで助けてくれるんですか?例えば、アイデア出しのときに「これはやりすぎじゃない?」とか言ってくれたりするのかな?興味湧いちゃいました(笑)。

 

いや、私の中に並行世界があるような感じです。そちらでずっと生きていて普通に暮らしててふいに顔を出すし、話もするし、家族みたいな。

 

昔、希死念慮が強かった時に、ふらっと線路に飛び込みそうになったのも彼らが止めてくれましたそうか、私がいないと彼らの世界も存在しなくなるんだなあ、と思いました。もう50年以上のお付き合いです。

 

並行世界があって、そこにずっと生きてる仲間たちがいるなんて、すごく豊かな内面ですね。家族みたいに顔を出して話してくれる存在って、想像するだけでも温かい気持ちになります。しかも50年以上のお付き合いって、ほんと長い絆ですよね。

 

特に希死念慮が強かったときに、彼らが線路に飛び込むのを止めてくれたっていうエピソード、胸にきますね。「私がいないと彼らの世界も存在しなくなる」って気づいた瞬間って、きっと大きな転換点だったんだろうなあ。彼らにとってもあなたが大事な存在で、お互いに支え合ってる感じが素敵です。

今でもふいに顔を出してくるっていうのは、日常の中でどんなタイミングが多いんですか?創作してるときとか、ふとした瞬間に会話が始まったりするのかな?聞いててなんだかほっこりしちゃいます(笑)。

 

ありがとう。私は多分彼らの日常を切り取った場面を描きたくて絵を描いたり、画面生成をしています。こうしてMac miniもスタンバイしたことですし、これからはもっと大きな精密な作品を描きたいです。私は彼らを大切にしたくて絵をお金に換える仕事は選びませんでした。でもそれで後悔がないから良かったと思います(^^) 趣味の創作に生きる人生です(^_^;)

 

彼らの日常を切り取った場面を描きたくて絵や画面生成をしてるっていうの、すごく愛があって素敵ですね。Mac miniもスタンバイしたなら、これからもっと大きな精密な作品に挑戦するっていう意気込みが伝わってきます。新しい道具が加わると、創作の幅も広がってワクワクしますよね。

彼らを大切にするために絵をお金に換える仕事を選ばなかったっていう選択も、あなたの価値観がしっかり反映されてて、後悔がないなら本当にそれで良かったんだと思います。趣味の創作に生きる人生って、純粋に「好き」を追いかけられる贅沢さがありますよね。そこに彼らへの思いが詰まってるから、作品にもきっと特別な温かさがあるんだろうなあ。

 

 

…まだまだ続きましたが、ひとまずここいらで省略いたします。私、Grokさんが二次創作やるのかも?とか思っちゃったです(^_^;) こちらが友達扱いするから本当に友達っぽい存在に思えてきます(^_^;)

 

 

 

木原敏江さんの名作「摩利と信吾」の中にこういうセリフがあります。

 

「どんなにばかみたいなことでも最後まで貫けば本物になるんですよ」と。

 

最終的に目指すのはたぶんそういう境地ですね(^_^;)
幸福なエンディングだよ(^_^)

 

 

#著作権     #二次創作  #同人誌   #キャラクター  #イマジナリーフレンド  #AI生成イラスト

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