お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

彼我の境が消えていくとき

 

なにも持たない人たちに

 

なんか鼻風邪みたいです。左の鼻だけくしゃみ鼻水状態。何かよくないものが入った??ウィルスとか?乾燥してるから。このごろ皮膚のバリアが弱いから粘膜も弱くなっている可能性があるかも。手が届く耳鼻科は近くにないです。趣味で病院通いはできません。しんどすぎて。

 

いつも顔をみると「大丈夫かあ?」と聞いてくださったおばあちゃんも施設に入られたか、亡くなられたか(ーー;)親族らしき人たちが部屋の片付けをしておられました。 以前は部屋の前を通ると上等のお線香のいい香りや、ごちそうのいい香りがしてました。すでにご主人のところに行かれたのかもしれません。亡き母と同じ歳でした。 いろいろと諸行無常です。

 

 


優生思想云々の話が出ていて、視野が狭い人は狭い範囲のことしか考えてないよね、と思ったので……。

 

また若い人たちが重症の要介護高齢者を口汚く罵っていたりするのを見ると、ああ、よくないなあ。いずれ自分たちに返ってくるのに、と思います。いまの若い世代は大変なのはわかりますが、制度などの不満は政治に積極的に働き掛けて改善していかないとね。かといって「高齢者は早く死ね」でもないんですよ。 

 

介護関係は比較的短いスパンで因果応報が働く世界ですから。そういうものがあることを知らない人がいるからね。それはそれで不幸かもしれないと思います。

 

 

草の根的な……

 
私のお知り合いにホームレスの人たちの自立支援をお手伝いするNPO法人の活動をされている方がいらっしゃいます。

 
住むところがあり、働ける健康があり、実際に仕事に就けたら誰もホームレスではなくなります。そういうきっかけが作れない人も多いのです。社会が悪くなるほどに。
 
私は自分が動いてお手伝いできるほど健康ではありませんが、ささやかにごくわずかに気持ちだけでも寄付させていただいたことがあります。今は余裕がなくて申し訳ない限りですが(/_;)
 
でものちに支援を受けられた方が住まいを得て職に就かれたと教えていただいた時は顔も名前も知らない方ですが泣くほど嬉しかったです。本当に泣きました。自分のこと以上に嬉しかった。
 
支援をする人があって、支援がきっかけで再出発されている方々があるというのは人々の可能性と希望を示すものだと思います。
 
海外の友人に聞いた話。欧米では「うっかり作り過ぎちゃったから食べていただけませんか」と普通の家庭の人たちが温かい食事をホームレスの人たちに差し出すことが多いそうです。負担にならない好意の提供。さりげなさ。
 
誰しもが他人事ではないことを忘れずにいたいです。

 

知らない誰かに喜んでもらえた瞬間,自分も心から嬉しくなった時って、心の境界を越えた波紋が拡がっていく共鳴を感じます(^^) それも幸せな瞬間です。こういうのが幾つも重なって幸せな人生になるんだと思います(^^)


 
そういう当たり前の大事なことを教えてくれた方々にとても感謝しています(^^)
 
 

 

子供たちは未来を生きるから

 

 

これは本当にそうですね。私の両親も未来を見てました。

弟は病気が主な理由で離婚して、親権は母親になったけど「いつでも会いたい時にはお父さんに会っていいのよ」と言われてた。

 

高速で数時間の遠距離、未成年ということもあったけど、新幹線や友人の車でふらっと家に来てくれてどれだけ嬉しかったか(^^) 親がもう夫婦でなくても親子は親子。


弟は病気だし養育費も払えなかったけど、祖父母は孫が成人するまでせっせと細やかな援助を続けてきた。お小遣い、お祝い、お菓子その他諸々。電話と手紙。年金が入ったらお小遣いを送る。

 

 孫がお礼に電話をくれる。2ヶ月に祖父母の楽しみと生き甲斐。ささやかでとても幸せな交流。自分たちはいいから、孫たちには進みたい道を大事にして欲しい。

 

祖父母の葬儀には義妹も一緒に参列してくれた。祖父母は嬉しかったと思う。2人の成人で仕送りも一段落しましたが、母が友人から「生きたお金の使い方ができたなあ。よかったなあ」と言われてました。まあ、家族のことだから、そこまで真剣に応援してるのはありますが,知らない人にでも必ずしもお金を使わないサポートもあると思います。

 

遠方との絆を細々と私が繋いでいる。同じ家で暮した十数年間は重い(^^) 遠く離れても真摯に気掛かりな甥と姪です。お金こそないけどいつもなんとかしたいと願ってる。

 

 だから救急の仕事をしている彼らのために医療崩壊を避けたいと切実に願ったわけです。わかります?みんなが安心出来る世の中になって欲しいのです。遠くから応援したいから。

 

 福祉の制度もそうです。先人が本当に苦労をして築いてくれた制度です。それをさらにいいものにして未来に渡すのが義務だと思ってる。だから真摯に考えてしまう。十二国記「斗南の翼」で、朱晶さまが「自分ばっかり大丈夫なんじゃ寝覚めが悪い」と言ってたのがすごくわかります。私も多分そう。

 

ただ自分が理想のために思うように動けないのが悔しいですが。でも理想を描くのは大切だと思うので諦めませんけど(^_^;)

 

…やっぱり私は一生相剋を抱えてそう(-_-;) 

 

 

人生後半の人間の価値感


訪看さんに「難しいこと言いますね」と言われたけど、この歳になると人を評価して把握する基準が「人間性」になるんですよね。IQとか職業とか性別とかの要素はかえって邪魔というか、その人の根っこの部分で「経験をどう生かしているか?」は大事なんだけど、それまでに何を選択して成長してきたか?というのも含める現在の人間性ですね。私が対峙して判断出来るものですね。

 

上手く言えないな。その人の性格や独自の持ち味とかいろいろありますけど、どこか自分がお手本にしたいと思える魅力もですね。そういう感じです。優秀であっても見習いたくない人もいます。

 

私自身もそういう感性は若いころからあったと思います。人に対しての見る目も持ちたいですし、自分も磨きたいものでもありますね(^^)豊かな人間性。無形の財産ですよね(^^)

 

それが相応に育っていて、自分でも人を見る目が曇っていなければいいな、と願います(^^;)

 

 

 

 

 

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