ちょっと愚痴です すみません
昨日は買い物にも行かずほとんど寝ていた。メンタル強いのにどうしてこんなに身体症状が強いのか?微熱とむくみだけでも耐え難い毎年の夏。早く秋になって欲しい。私は夏生まれなのにな。夏にはとても弱い(;_;) 気持ちのいい汗じゃなくて、しばしば冷や汗が出る。
亡き母も60代だけは元気であちこち旅をしていた。「あんたも60代になったら元気になる。楽しみにしときや(^_^;)」と母は言ったけど、やっぱり私は夏は駄目です。自律神経かどうか解らんけどホンマに動けん。悔しいよ。足が重くてだるくて前に進めない(T_T)
少しでもマシになれば、と思って漢方も利尿剤も毎日飲んでる。あんまり効かないかもしれないけど。せめてサンダルの足首のベルトが止まるようになりたいと思う。
これは使命感みたいなものかもしれない
でもね、私はもう有名人の自殺報道で動揺することもないくらいに強くなったので、これからも生命に対するテーマには目を光らせていたい。
知らない間に大事なことが勝手に決ってしまっては後悔してもしきれませんから。前にも同じようなことを言ってましたけど。子供のころから真摯に向き合ってきたテーマだし。
24時間介護が必要で、一人暮らしで入れ替わり立ち替わりヘルパーさんなどが来られていた男性患者さんの話を聞いたことがある。その方は生まれつきの障害だったらしいが、もう家族もおられず、よく勉強もされていたとか。いまごろどういうふうに思われているか、会ったことのない患者さんの心情を思う。
「障害者や難病患者なんて社会の迷惑でしかない」。こんな自分勝手な考えから起きた殺人事件に対し、多くの人間が「確かになー」「議論は必要だね」などとやってる社会のその圧力化で「自己決定」を迫るのがいかに醜悪か。私たちが、今、まさにこの社会でやってることはそういうことですよ。
— 森哲平 (@moriteppei) 2020年7月24日
安楽死や尊厳死は"本人の意思や権利・尊厳を守るためのもの”であって"社会のためのもの”ではありません。故に、医療コストの問題や優生思想が持ち込まれた場合、そこでもたらされる"死”は安楽死や尊厳死と呼べるものではなく、思想的殺人ないし社会的殺処分等と呼称するのが妥当でしょう。
— 董卓(不燃ごみ) (@inumash) 2020年7月23日
もしも「死にたい」そうつぶやく時があったとしても、殺しに来ないでください。「生きていける」そんな気持ちにさせてください。「生きれるよ」そのメッセージが、人の手が届けば、何か変わっていくはず。みじめな自分がいても、人の力で、ましな自分がでてくるよ。だから「命」もっていかれんといて。
— koizumihiroko (@koizumihiroko7) 2020年7月23日
看取りについて 家族の立場から
2009年、父はICUから直帰した。肺にかなりの水が溜っていた。せめて自宅で死なせたいという意図で、かかりつけ医と訪問看護と訪問入浴の協力のもと、酸素吸収をしつつ半月父は頑張った。最後の三日間は母と弟と私が交替でついた。私はずっと父の手を握っていた。
父は死ぬのが怖い人だったのでそばにいたいと思った。死の前日、医師は5回往診に来られた。深夜の父の最期の言葉は「ごはん」だった。それは生きたいという意思そのものに思えた。
肺に水が溜っていた苦しい呼吸を私も合わせて体験した。そばにいるからね。悔いが残らない看取り。
2017年、心不全が悪化して母は特養から系列病院に入院した。私もとんで行ってスタッフと交替し、院内を検査で回った。リクライニング車椅子で母は眠りがちだったけど、あれは意識が薄れた状態だったんだと思う。担当医にどこまで救命措置をするか話し合った。
医師の友人に人工呼吸器と気管切開の苦痛を前から聞いていた。悩んだ挙げ句に決断した。「心停止しても心臓マッサージなどはしないでください」と。深く愛し合った夫婦だったので、心身の不自由を抱えて父がいない世界で長生きは苦痛だと思った。
深夜、病院からの電話で母の心停止を知り、弟と駆けつけた。30分早ければ臨終に間に合ったかもしれないが、でも家族のために無駄な延命はして欲しくなかった。
二人共ひどく安らかな顔をしていた。私も家の中の濃い気配に普通に話しかけていた。四十九日ごろまでは。魂はそばにいるんだな、と思った。以後は徐々に気配が薄れていくんだけど。
母の看取りも私は悔いがない。結局看取られる人と看取る人との関係性で変わって来ると思う。だから余計に難しいが決して安直に語るべきではない。
死の概念がたぶん違うんだろうな
父の死の直後、ケアマネさんに「不思議と後悔がないんです。やりきって安堵した気持ちが大きいです」と話したのを覚えてる。
母の死の直後、医師の友人から「Great Mother&Great Daughter」というメッセージをもらった。私の天中殺の歳に災厄を持って行ってくれたという父の愛情と。
いまだに感じる両親からの応援と。私はやはり幸せだと思う。日常から当たり前に死や病について語れる家族でよかったと思う。いざという時に参考になることは多いし。
肉体の死ですべてが終わるわけではないとか私は確信している。
私は多分肉体と精神と魂とが合わさって、やっと一人の人間だと思って人を見ているから、目に見える肉体の価値だけですべてをはかることがそもそも間違いだと思っている。魂や精神を軽く考える人は非常に傲慢になりやすい。見えないものの価値に気付かないので。
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2020年7月24日
障害者の生きる権利が応援される社会は、きっとどんな人にとっても、「生きたい」って思いやすい世界だと思う。「死にたい」って思っても、本当に死なないで、その気持ちに寄り添いながら、一緒に生きていられる世界に住みたいです。
— 安積宇宙 I Umi Asaka (@asakaocean) 2020年7月23日
はやくも来年の卓上カレンダーが出来ました。