雨のせいで頭痛から逃げられないですね。辛いわ。横になったり、昼寝をしたりしてしのいでいます。
時々、もっとも根源的な「生まれたこと」「死ぬこと」「生きること」についての根源的な問いにつかまってしまう。私って子供のころから考えないと生きられない人間です (ーー;) あと宇宙についてもね。
— 藤本恭子/双極性2型障害と共生中 (@haruusagi_kyo) 2020年7月6日
こういうことを言っていたら、たまたまこんな講義を見つけました。無料で!オンラインで。なんて太っ腹な (^_^) おかげで私も受講出来ます。
私たちはどう生きるか。京大で無料オンライン講座開講へ。「WITHコロナ時代に生き抜くための指針」
スクリーンショットで予定表を。昨夜、出口教授の最初の講義を見てきました。
私は自己分析が特技で、他人まで無意識に分析してしまうので、時々違う方向の視点が必要だなあ、と思っています。しかもなんだか肉体が消えても「私」は存在するような気がするこのごろです (^_^;)
かつての偉大な哲学者は名前しか知らないことも少なくないですが、概念はわかるんですね。それだけ日常的に近しいものなのかもしれません。面白いです (^_^)
大学生ってこういうふうな授業を受けているのね。私は大学生の経験はないので、そのあたりは新鮮に感じます (^_^;)
見逃し配信も常になりそうなので、なるべく見ていけるといいなあ、と思います。個人的には今の状況だと読書より頭に入りそう。昨日は新書に強引にチャレンジしたんですが、ものすごい飛ばし読み&拾い読みしか出来ませんでした(-_-;)
こういう形はこれからの学問の方法として定着するかもしれないなあ、とも思います。
私は分析好きなのは生まれつきで、研究向きの部分もあるらしいです。なんとなくわかる。学者の道を選択していればそうなるのかもしれません。
でも自己と世の中との解離が激しいと「 I 」が「We」になれるかどうかは難しい気しかしないなあ (ーー;) いままでも目茶苦茶少数派だったから。
あ、でも故人との同一化は全然不自然ではないですよ。少なくとも私にとっては (^_^;) でも法制度なんかはちょっと違った方がいいかもね。
すいません。講義を聞きながら書いてたりするので、文章が散漫です。インプットをアウトプットを同時にやるのは無謀でした (*-д-)-з
今日は短いです、すみません(-_-;)