お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

結びつきが深い親子も存在するこの世

 

場所がなあ…狭いなあ…


府営住宅の空室リストを見ながら頭を抱えています。場所と間取りともろもろで妥協できるポイントが今回は見つからない。こういう時は無理矢理に探しても後悔することになりそうだから、やめておいた方がいいかもしれない。

 

府営と市営ではやはり微妙な差があります。広さや間取りもその一つ。外から見てもわからないけどね。

 

うちなどは私と弟が24時間家にいるので、食事以外はお互いに完全に別にして、分かるのは気配くらいでないと精神的にきついです。

 

今なら一階と二階に分かれていてちょうどいいんですが、やはり基本的に独立してないと嫌だなあ、と思うので、3DKは最低欲しい。短い仮住まいなら2DKでもいいですが、ずっととなると嫌ですよね、やっぱり。「いるな」と分かればいいのと、相談するときに顔を合わせたらそれでいいのです。

 

姉弟なんてそんなもんじゃないのかな?私ら今に至るまで喧嘩したことありませんけどね(^_^;)

 

 

 

「理想の親子」も存在するなあ、と思う


家族と言えば、SNSで得る情報を見る限り、もうほとんど9割くらいが機能不全家族では?と思うこの頃です。

 

そういう中で本当に不思議というか、特異に感じるんですが、私の両親って世間の親のイメージってないんですよね。いかにも日本的な男尊女卑とか差別感情など、そういうのが全くありません。日本的な人たちではあるんですが、考え方や価値観は本当にかなり自由な人たちでした。

 

 

 

我が子と他の子を絶対に比較しなかった。
「勉強しなさい」と一度も言ったことがない。

 

「あんたならできる」といつも根拠のない励ましをくれた。

 

一度も叱られたことがない。

「あんたはやったらいかんことをちゃんとわかってる」から、と。

 

親子喧嘩もしたことがない。

それ以前に夫婦喧嘩もしたことがないな(^_^;)

 

 

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規格外の人たち


まだコピー機が普及していない昔、私の作品を会社でコピーしてくれた父。
私の食欲がダウンすると「栄養失調になるなよ」が口癖だった父。
死の間際は私を最も信頼して手を握って旅立った父。

 

あれから10年経っても変わらずに愛しています。これを書きながら涙が…。

 

死の間際に3日間立ちっぱなしで手を握っていたための太ももまでむくんだ私の足を
夢の中で触れて治してくれた父。

 

 

いつも個人誌を作ると真っ先に買ってくれて、いつも私の一番の読者だった母。

 

学校から帰ると具合が悪そうな顔をしていたけど、あの頃も早くに精神科に行けばよかったね。
それでも60代の10年間は割と元気で、友達と父と、家族とあちこち旅行が楽しみだった。
おかげで私もあちこち行けて楽しかったよ(^^)

 

方向音痴の母、いつも気持ちや行動がシンクロしていた母と私。

母と私とは魂の双子と言われるデータがでるんですが、そうかもな、と思います。どこかで同化している感じがあります。母の肉体がなくなってから余計にね(^_^;)

 

何も言わないで気持ちが通じたので、やはり喧嘩はしたことがない。
我が家には反抗期もなかったね。

 

自己流でもかなり器用で洋裁も和裁も編み物も得意だった母。
ハンドメイドは最高、という価値観をくれたのは母です。

 

逝ってから一年あまり、今でも私は自慢の娘でいられてますか?

 

 

 

残念ながら尊敬出来る教師には出会えませんでした。社会人になってからの方が恵まれてたかも(^_^;)

 

 

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感謝、感謝 ただそれだけ


二人して生前に山ほど徳を積んでくれたことに感謝しています。


なんだか、この世の縁はこの世だけのもの、とかいう説もあるけど、私はそれが実感出来なくて、肉体を持ちながらここまで深く関われたことに感慨を覚えつつ、自分の財産だと思っています。

 

わずか1割の中の、さらに奇跡的な親子関係ってあるんだなあ、と自分が何より実感しています。これは数多の本の内容よりも自分の心を信じています。社会の中では少数派ですけども、理想として描かれるからにはあり得ることだと思います。

 

稀な親子でいいんだよ。実際に本当のことだから。

 

スムーズに介護に移行出来たのも、そういう自然な気持ちから。うまくいっていない親子に同様のことを求めるのは酷ですし。あんなに上手くはいきづらいと思います。わだかまりのぶんだけね。そこいらはものすごい短期的にわかりやすい因果応報だよね。

 

母の入院中、病室で「ああ、これは介護が必要になるなあ」と思った瞬間にそれまで痛くて動かなかった五十肩の左手が治った時の驚きは未だに忘れられません。あれは多分、父の応援か、祖母の、もしくは両方の応援だと思っています。それまで全く背後に回らなかった腕が回るようになったしね。「ああ、やっぱり期待されてるわ(^_^;)」と苦笑いするしかなかったです(^_^;)

 

人生いろいろ起きるものさ。生きてる人からのサポートも、目には見えないサポートもいろいろあるからありがたいです(^^)

 

 

なんとなくグラデーションを使いたくなったので色相環で(^_^;)

 

 

 

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