クリニックの受診は半日がかり
昨日はクリニックの受診日で、いつものように午前8時には家を出て、二番めだったので、診察自体は9時半には終わってました。が、弟の分の薬を分封にしてもらうのを待っていたら1時間以上かかって。待っている間に郵便局にも行って用事をすませましたが、まだ待ち時間があって、すっかりくたびれた次第です。
昔は自宅近くの薬局にお願いして、あとで取りに行けたんだけどね。引っ越したら環境次第でそれが可能になるのかな?とも思っています。
で、来月はGW明けの20日に受診。ついでに血液検査です。朝抜きで行かないとね。弟は昨夜眠れなかったあおうで、帰宅するなり寝てました。私はああいうリズムを崩す事が絶対に出来ないんだよね〜 (*-д-)-з
休めなかった (ーー;)
しんどいから片付けは休みにしようと思っていたのに、二ヶ月も続けているとかなり習慣化しているみたいで、結局昨日もちょっと片付けてしまった。馬鹿だ〜 (/_;) 私って習慣化しやすい人間だったんだなあ…。ブログやサイトが続くはずですわ (^_^;)
でも部屋に空きスペースが見えてくるとなんとなくスピードアップしそうな感じです。ただし、これからは本だけじゃなくて、同人誌とか手紙とか処分が難しいものが増えますが…。
公営住宅の利点は各部屋に収納があることだなあ、と思います。マンションとかだとまったく収納がない間取りもあるので、ああいう場合は一部屋潰さないと布団もタンスも無理じゃないかと思ってしまうな。
3DKでも一部屋物置っぽくなりそうな気がしますけどね (^_^;)
上質なアート印刷
桜Exhibition2019のレポートを見ていると、今回購入可能だったポスターは大変好評みたいですね。
アート作品の印刷も手がけられているPICOさんだからか。
私も自室に飾る作品は市販の家庭用プリンタでは満足な色が出ないため、大判出力が可能な会社か写真印刷に外注しています。はがきくらいなら無問題ですが。また普通に写真でも無問題なんですが、でもイラストは違うんですよね。それなりにこだわりの色があります。
多少は無理しても画集にしたり、外注プリントしても綺麗な再現にこだわってしまうなあ (^_^;)
自分が生きた証みたいに
絵にしても、このところ昔の作品を発掘して思うんですが、それを見ると描いた当時の事が本当にリアルな記憶で蘇ってきます。私は嫌な記憶は反芻しないようにしているので、思い出すのはプラスの記憶ばかりです。20年経とうが、30年経とうが本当に記憶鮮明ですね。
なので、やはり作品は備忘録としてもとても重要な役割を果たしていると思います。ブログもたぶんそうです。あとから読み返せばやはり当時のリアルな記憶が蘇るので、自分にはかなりの価値があります。本当に「生きた証」というか」「生きた記録」みたいな感じ??絵とブログとがあれば私という人間の輪郭になるのかもしれません。
まあ、自分の生涯はたいしたこともできないままに終わるだろうけど、あとで「ああ、こういう人がいたんだなあ」とちょっとユニークな存在感で思い出してもらえたら嬉しいな、と (^_^;)そのために書いているような気もしなくはありません (^_^;)
「好きなことを好きなように書く」にまさる幸福はないと思っています。
私にとっては「悪魔に魂を売る行為」
このあいだ、羽生さんがらみでクラウドワークスにマイナスイメージの記事を書いて欲しいという案件が出ていたというので、気付いた人々がTwitterなどで抗議していたため、CW社がそれを差し止めて、「こういう案件を見つけたら知らせて欲しい」と言っていました。
別に羽生さんに関係なくても、ああいうところって結構いいかげんな案件があるんですよね。使ってみてもいない製品に対しての記事を書けとか、今回のようにまともな批判じゃなくて誹謗中傷にしかならない記事を書けとか。医療や政治がらみでも似たようなことがあったみたいですし。WELQとか。
私はこれが駄目で、自分が体験もしていないものを「いいですよ」とか言って薦めたり、知らないジャンルについて検索だけで適当にまとめる、というようなことが絶対に出来なくて、どうもそういう行為を「悪魔に魂を売り渡す」くらいに否定的に感じているみたいです。
だからその類いのお小遣い稼ぎが出来なくて、登録していたクラウドソーシングは全部やめました。
私の絵や文章は自分の良心に忠実でないと描(書)けないようになっているみたいです。不器用だけど、それはどうしようもないことなので、自分に恥じないように忠実でいたいと思います。