お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

珍しく健康について考えてみる

 

徐々に回復する食欲

 

お盆前にかかりつけの先生からの電話で「紹介状が出来ているから取りにきて」とのことでしたので、「お盆明けに伺います」と返事して、弟に「取りに行ってきて」と頼んだけど、逆に頼まれて取りに行かざるをえないことになりました。しんどいのかな、とは思うけど、なかなか本人が動いてくれないから困ります (ーー;)

 

でも予約時間に合わせて、タクシーも予約しましたので、来週の月曜日は受診の付き添いですね。かなり食欲も戻っている気がするので、多少なり改善はしても悪くなってることはないんじゃないかと期待はしています。

 

母の方も、昨日夕方に特養のケアマネさんから電話があって、血液検査の結果も去年ほど悪くなく、徐々に食欲も改善しているとのことなので、ちょっとほっとした気分です。「もう1週間ほど様子を見て、入院が必要かどうか決めましょうか?」とのことでしたので、このまま食欲が戻れば言うことはないのだと思います。戻って欲しいです (^_^;) やっぱり口から食べられるに越したことはないと思いますしね (^_^;)


やっぱり人間って「おいしく食べられる」ということがいかに大事かと実感してしまいますね。シンプルなことだけど、それがとっても大事だなあ、と。

 


私も歩かないとなあ、とは思います

 

ああ、でもいろいろといわくがあって、涼しくなったら行きたいなあ、行かないといけないなあ、というところが増えました (^_^;) もうちょっと自分の足で歩ける体力をつけないとダメだなあ、と考えております。でも暑すぎるけど…。

 

寝る前に足の筋肉を使うような軽いストレッチとかやったら、連続こむらがえりもストップしました (^_^;) 予防も大事だなあ、と思います。歩くのも大事ですよね。

 

うちの今の家は校区の端っこにあります。

 

上京区の家は小学校まで徒歩で10分もかからないくらいの距離でしたが、伏見に引っ越してきたらいきなり学校が遠くなりました。初めて京阪の駅で降りて、家まで来た時に「なんでこんなに遠いの〜??」と思ったのを覚えています。

 

子供の足だと小学校まで20分以上かかったような…。さらに中学校まではもっと遠くて、足が速くなっても、荷物が増えて重くなって、結局25分くらいかかったような気がします。

 

でも歩いたおかげで基礎体力はついたかもしれません。

 

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昭和の子供の底力みたいなもの

 

ここ2晩ほど、Kindle Unlimited 読み放題で、流水りんこさんの「昭和のこども〜こんな親でも子は育つ」というシリーズのエッセイ漫画を読んでたんですが、これがかなり私自身が生まれ育った時代に重なるので、非常に懐かしいところが多々ありました (^_^;)

 

 

 

流水さんの記憶力ってすごいわ。「そうそう、こういうことあったなあ」と、かたや練馬区(当時は東京でも郊外的な場所ですか?豊島園の近くらしいです)と、私が育った京都御苑の近くと、プラス郊外の伏見の記憶も交えつつ…。

 

当時の子供って私みたいにインドア派でも御所の木に登るくらいのやんちゃはしていたし(よく怒られなかったですよね)「危ないからダメ」と言われることほどやりたがる…。まあ、子供ってそうですけどね (^_^;) 

 

屋根に上ってた子とかいたよなあ、本当に。「こらー!瓦が割れたりズレたりしたら雨漏りするからあかん!!」(心配はそこですか?)

 

好奇心で火遊びして、火事になりかけたのを私が見つけたこともありましたし…。なんかしらんけど、結構外でやんちゃなことばかりしているのが「子供」っていうイメージもありますね (^_^;)

 

高校時代の漫研活動に至るまで、自分の体験と被って面白かったです (^_^;) 給食が食べられないと帰れない思い出とか、もう思い出したくないけど…。あれで学校が嫌いになった子も多いと思うよ。

 


そういう時代をなんとか過ごして来た子供だから、意外にタフかもしれない、といまになると思えたりもします。食品添加物とか、当時でも結構あったと思うんですよね。舐めると舌がオレンジになったり、青くなったりする粉末ジュースとか、チクロっていうのもあったなあ…。親世代だとサッカリンでしょう。

 

チクロ - Wikipedia

サッカリン - Wikipedia

 

当時の親達もそれなりに気にしていたとは思うのですが、現在の神経過敏な親ほどではなかったと思います。あんまり過剰に心配しすぎてもよくない気はするな。今は情報過多だから…。

 

自分たちがいろんなものを吸収しながら、それでもなんとか無事に(おそらく)今まで生きて来れたんだから、それでいいのかもしれない、と改めて思います。

 

アレルギーも多分昔からあったと思いますが(自家中毒もアレルギーの一種だという説もあるくらい)、平均的には今ほど重い状況ではなかったかもしれませんし…(すみません。調べてないからよくわかりませんが)。

 

いや、アレルギーはあったのよ。近所に住んでた喘息の子が、引っ越したら治ったという例も…。アレルゲンはお隣のお香屋さんのお香の粉だったんですね。めちゃ京都らしい例ですね (^_^;)

 


でもなあ、子供の頃からインドア派の私でも、もっと外で子供が安心して遊べる場所があればいいのにな、とは思います。脳も運動神経も五感も感受性も育つためには自然が必要だなあ、と自分の経験から思います。

 

せっかくの夏休み。子供たちが存分に遊べる機会に恵まれていますように…。

 

 

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