不動産広告を眺めていて、同じマンションにかつて住んでいたMさんのことを思い出した。この話はノンフィクションです。
母には異母姉がひとりいる。母方の祖母の姉が祖父と結婚して生まれた異母姉だ。若くして亡くなってしまったので、祖父は妹である祖母と結婚した。昔はわりとそういうことがあったらしい。祖父母のあいだには子供が4人。3番目がうちの母である。
母の兄弟以外にもうひとり義理の姉がいる、というのは不思議な感じだったが、異母姉のMおばさんは母の実家の近くに住んでいたし、私も結構遊びにいったりしていた。「たま」というとら猫がいて、その猫と遊ぶのも楽しみだったし。「おたま〜」といつもMおばちゃんは猫を呼んでいた。
Mおばちゃんには息子がふたりいた。MさんとKさんと。
その上の息子のMさんが家族でその広告の分譲マンションに住んでいたのだった。Mさんの娘さんが初めて就職去れる時、保証人が必要だとうちに頼みに来られて、父がサインをしていた。そのマンションとうちとは歩いて行ける距離でもあるし。
姪っ子がテーブルのまわりを伝い歩きしていた頃だから、27年くらい前かな。
我が家は一家で伊勢と鳥羽に旅行に行った。当時すでに渋っていた弟も強引に連れ出して、後にも先にも一家総出の旅。甥っ子はまだ生まれていなかったけれども… (ーー;)
近鉄特急で伊勢まで行く途中。気がつくと、母がなぜか座席で頭を引っ込めようとしている。義妹が不信に思って尋ねても母ははっきり答えない。で、私にそーっと「Mちゃんがな、乗ってるね。奥さんと違う女の人と」えー!!それって不倫旅行ですか?平日の午前中だよ。知らない女性と二人だよ。
うちの家族全員、総勢6名に目撃されてしまった。あちらは気付いたかわからないけど、気付いた可能性も大。見てしまったこっちも結構バツが悪いものだ。
いっそ笑顔で「こんにちは」と挨拶に行こうかと考えたが、母が曰く「苦労している奥さんを知っているから可哀想(奥さんが)」ということで、見ないふりをすることにしたらしい。Mさんの家庭のために…。
それにしても滅多に揃って旅行もしないうちの家族がよりによって、同じ日の同じ時刻、同じ車両に乗り合わせるとは不思議な運命だと思う。よほどのことがあるな、とそれでMさんが気付いてくれれば良かったかもしれない。
義妹は旅館に着いてから細かい話を聞いて納得していた。人の運命が変わる瞬間があればああいう時だろうな、と私は思う。やっぱり「バッチリ見ちゃった」という感じで挨拶すればよかったかもしれないと思う。
いずれにしても不倫の結果が幸福に転ぶわけもなく、やがてMさん一家の消息はわからなくなった。
MおばちゃんはKさんの家で穏やかな晩年を迎え90歳以上生きた。
母が電話で尋ねると「90過ぎたしな、もう薬は全部やめた」と笑っていたらしい。Mおばちゃんも弱い体質の人だたが、それと寿命は別だなあ、と思ったものだ。90といくつかでおばちゃんは穏やかに息を引き取った。
うちの両親が葬儀に出席したが、Mさん一家は誰も顔を見せなかったそうだ。親の葬儀にも出られないというのはよほどの理由がありそうだが、うちの親は敢えて問い質すことはしなかった。
人生の行く末と、そこに至るまでの数えきれなく存在したであろう選択の瞬間を思う。「いま現在」後悔しない選択を重ねることが未来の幸福に繋がるのかもしれない。本当のところはわからないけれども、あの時、黙っていてよかったのかな?ということだけは今になっても考えてしまう。
まあ、不倫が幸福になることはまずないでしょうね。長年見ているとそれはどうしようもなくよくわかってしまうのです。
なにがあってもMさんが選んだ運命だからどうしようもないんだけどね (ーー;)