真冬でなくて、不幸中の幸い?なのかな…? 建物の中にいると崩壊が怖いから、屋外で寝たい、という気持ちはすごくよくわかります。まだテントとかあればいくらかの雨ならしのげるし、プライバシーの確保も出来るのでは?崩れても大事にはいたらないかと思ったり…。
不安なことです。老人施設の入居者さんとか、安全なところに落ち着けたか、とても気になります… (/_;)
こんな予測が3年前に出てたんですね。まさしくその通りになってしまった訳で…なんとも… (ーー;)
どこも明日の我が身はわからないこの日本ではあります…。余震も早く収まって欲しいですね。
自分のイラストは完成しましたが、フリー配布したり壁紙にするほど気に入っていないので、サイトの更新は後まわしにして(だって、あれって相当手間ひまかかるから、ブログの更新みたいにお手軽にはいかないのです)仕事のラフを描き始めています。
このごろ、デジタルでモニタを通して眺めているので、ラフであっても一度スキャナで取り込んで正面からモニタで見て修正してから、サイドラフを描きなおす、というこれも手間ひまかかることをやっております。
過去に漫画を描いていた時に「ああ、B4の紙の上の方が遠い」と感じていたのと同じようなもんですね (^_^;) いっそのことラフからモニタで描き始めればいいようなものの、それがまだそうもいかないのが微妙なところです。
それでもなにをどう描いても、絵柄を変えてるつもりでも、やっぱり私の絵にしかならないですね〜 (ーー;) まだ若い頃に「誰々さんの絵柄に似ている」と言われて悩んでいた頃がウソのようです。仮に3頭身、4頭身キャラで描いても、どこまでいっても私の絵は「私の絵」だからね〜。
長年続けてくると、絵柄すらもどこまでも「私自身の一部」になってしまうんだなあ、と感じました。そういう意味ではすごく我が強いとか、頑固だとも言われます。まあ、頑固なのは昔からで、二十歳の頃にすでに友人からは「絶対に梃子でも動かない頑固な線だよね (^_^;)」と言われていました。絵でわかる性格判断 (^_^;)
私にとっての「お絵描き」というのはまさに「人生の羅針盤」でした。これさえあれば私は私らしく生きるための道を生涯見失うことはない、と思っていたけれども、やはりその通りになるでしょうね。
羅針盤ですから、それ自体に成功だとかそういう意味はないんですね。お金を生み出すわけでも、すぐに誰かの役に立つわけでもありません。でも私が進路を決める時にはこれしかないと信じていました。
そして実際にそうしてきたから、いままでに経験してきたすべてが財産になりました。上手くいかなくても後悔したことは一度もありません。考えてみたらすごいものを持っていたんだなあ、といまさらながら思います。
この宝物に気付いていたのも幼児の頃でした。それから本当に一度もブレていませんし、それだけ強固なものが存在するのってすごいよね、と自分でも改めて思います。こういうのってもう本能みたいにわかるんですよね。なにしろ幼児の頃ですからね…。三つ子の魂百まで、という通りかもしれません (^_^;)
これから先の残りの人生も、私はこの羅針盤を頼りに進むでしょう。そうすることで、悔いのない一生の幕を閉じることができるであろうと信じています。