蜂窩織炎(ほうかしきえん)の名残り(?)が現在、足首から下に来ています。靴を履くのが大変です。足の甲の部分とベルトの後ろがゴムになってるから比較的楽なんですが、それでも左はきつくて痛いという… (ーー;)
まあ、それでも行ってきました。クリニック。 いままで2年に一度提出だった障害年金用の診断書ですが、今年は誕生月になっても一向に来ない、と焦っていて、帰宅後に社会保険事務所に問い合わせたら、いつのまにか「3年に一度」の提出になっていて、次は来年だそうです。
いつのまにそうなったのかわかりませんが、まあ、その旨、一応先生にもお知らせしておきました。お盆休み中に書いていただくことになるかと思っていたしね。 どうしてこういう制度はコロコロ変わるのか、いまいち理解出来ません (ーー;)
facebookでもツイッターでも思わずシェアしてしまったこのテーマ。
うちは核家族じゃないけど、片付ける、という点では同じだし、気持の上ではかなり重いことだと感じている。仮に母を特養に入所させてしまったら、もっと重い課題として残るのかもしれないなあ、と。
母の友人のTさんはとても準備のいい人で、身辺整理はすでに大方すませてしまったらしい。Tさんもガンなどの大病を何度か経験されているので、自然とそういう心境に至ったのかもしれないなあ、と想像。 息子さんのご家族は母屋におられるので、核家族ではないんだけど…。うん、でも残るものの手を患わせない決意は見事だと思う。
私も父の遺品に続けて、母のものをぼちぼちと処分はしているが、その経過でいわくいいがたい虚しさに捕われてしまったので、現在はちょっとだけストップしている状態です。 在宅介護が終わったあとの部屋は結構悲惨な状況になってしまう。フローリングならましかもしれないけれど、畳やカーペットの場合だとものすごく悲惨(>_<) 畳ごと交換出来ればまだしも、うちの場合など上に敷いているカーペットを取換えるくらいしか仕方がない。その片付けを想像するだけでも暗い気持になる。 なんとか片付けたら、自分のベッドと本棚くらいは置けるかな?と想像することで、モチベーションを保つしかないかもしれない。
いずれにしても、自分のモノではなかったあれこれを片付けるのってものすごく大変だということに変わりはない。伯父の家などはうちよりももっと大変な状態になっている。すでに骨董品の域に達しているものも少なくないけれども…。伯父も捨てられない人なんだよね〜 (ーー;) 最初から執着がなければ、そもそもモノが増えなくていいんだろうけど…。
やっぱりなあ、甥や姪に「こんなゴミばかり残して」と思われないように気をつけないとね (^_^;) 頑張って捜してくれたら(マニアにとっては)お宝もあるよ、と言っておくべきかもしれないなあ (^_^;)