とりあえずのノルマだった2004年分までの作業が一区切りついたので、続きに入る前にちょっとだけブログでも (^_^;)
身体的には結構いろいろ無理しているらしくて、昨夜などは耳が痛くなったりしてちょっとひやっとしました。でも水が入ったわけでもなく、風邪もとっくに治ってるし、と様子を見ていたら今朝になると治っていてほっとしました。やっぱり頭の重さが堪えてるようなのは、首か肩が凝ってるのかもしれません。
昨日鍼テープを交換してもらったのに、左を下にして寝ていて左腕の痛みで目が覚めるし… (ーー;) なんだかあちこちガタガタで情けないことです。トシですかね〜 (*-д-)-з
昨日、マッサージのT先生と雑談していて、またまた介護時代のことを思い出したのですが…。
在宅介護時代にずっとお世話になっていたG先生にT先生が「藤本さんの時なんかは大変だったでしょう?」と聞かれたそうです。するとG先生は「いや、ああいうことがやりたくて開業したから…」と返事されたらしく、それって本望だってことですよね?〜、とうちの話題になっていました (^_^;)
父の臨終前には1日に5度も様子を見にこられた先生です。他のどの患者さんに対しても親身だから、口コミで患者さんは増える一方で大繁盛状態になっていますが。
うちの母は月に2回受診しています。先生はいまだに私と弟のことを気にかけて訪ねてくださるそうです。それでいまだに「『あの頃はよかったなあ…』て言うてはるよ」と母曰く。
んー、どういう意味かな?あの頃は介護スタッフの連携が一番ベストで理想的だったってことかな?もしくはいつも美味しい緑茶とフルーツでひと休みしてもらってたからかな?
母と私に対して「看護師以上」と絶賛して100点満点以上をくださったのが先生なので、もしかしたらその後の介護の患者さんや家族の人たちで、そこまで出来る人がなかなかいない、というようなことも考えられますねえ…。最初にパーフェクトを見ちゃうと、その後の残念感がどうしてもありますよね…。ホントのことはわかりませんが。
私個人は本当に介護に力を入れることが出来て、おかげで父に対しては自分に出来る最善を尽くした、という自負があるので、本当に後悔とかがまったくないのですよね。介護というのはともすれば人生の中でマイナスイメージで受け止められかねないことですが、実はこれがとんでもなくプラスに有意義な経験になったという…。
死に向かう人の傍で寄り添うというのは、結構きついことですし、人によっては本当に出来ないケースがあるとも聞きます。それだから完遂出来たというのはある種の自信のようなものにもなるようです。死に逝く人を最大の感謝と祝福で送ってあげられることってすごく素敵なことだと思います。
うん、きっとG先生もそういう気持ちなんだろうな。なんとなく納得です。