昨日の鬱はかなり本格的なものでしたが、幸いにもなぜか10時間ほどで消失してくれたようです。ちょっとほっとしました (^_^;)
なんというか、脳の中身というか働きというか、そういうものが切り換わったな、というのが自分でもわかるんですね。本当に脳みそが「釜を被ったような」感じになります。そういう時に脳の中でなにかの物質だか信号だかの変化が起きているんだと思います。それがわかったからといって、自分ではコントロールしがたいのが病気たるゆえんですが…。
ちらちらしていた本格的な希死念慮が復活しないうちに戻ってこれてよかったです (^_^;)
ああ、でも身体に発疹が出来てあちこち痒いのと頭がクラクラするのはどうしようもないなあ。やっぱりラミクタールは私には合わない気がします (ーー;)
今現在、社会の中で弱者という立場にいる人たちと、健常者がメインの社会の中で、彼らがどういうふうに考えられ、かつ扱われてきたのか、という現在にまでずっと続いている命題についての本などを読んでいます。こういう大きな深いテーマに自分なりの解答に近いものが出るかどうかはわかりませんが…。
それでも人間というのは昔からよほどに「もしもこれが自分だったら」という過程を想像するのが苦手な生物なのかもしれないなあ、と思います。
とりわけ自分がその社会の平均以上に恵まれた環境にいる人にはその傾向が顕著なように思われます。
あんまり苦労して政治家にまでなりました、という人は今はあんまりいないしなあ…。二世議員が多いのも困りますね。
断言してはいけませんが、やはりどうしても彼らにはその類いの危機感がないようです。
自分が震災の被災者でないから、被災した人たちの切実な毎日がわからない。ありがたいことに五体満足で健康だから、障害を持つ人や病気の人や家を無くした人の辛さがわからない。自分はまだまだ死なないと思っているから、お年寄りの病の辛さや彼らの孤独がわからない。
仮に憲法を改正して徴兵制を作ってもどうみち戦場に行って命を落とすのは自分たちじゃないからなあ…。
もしも次に原発事故があったら、ほとんど日本終了だよ。知らないよ (ーー;)
前にクリニックの先生に「そのようなことで気が休まりません」と言うと、「かといって、個人ではどうしようもないことだしなあ…」と言われました。
それではどうしようかというと、やっぱりこれが選挙で投票するくらいしかないんだよね〜。もどかしいですが。
ノリでいい加減な投票はして欲しくありませんが、民主主義である限り、多数決は仕様がないですが…。なんとなく当分はまだ気が落ち着かない日が続きそうです (ーー;)