伯父の頚椎と叔父の腰椎(ややこしいな)の手術が決まりました。21日と25日だそうで、本当に押し詰まってますね〜。新年は病院で迎えることになりますね。
叔父の病院は遠くて車がないと行けないんですが、伯父の手術日には一応行くつもりです。やっぱり高齢なんで、現状維持でもいいや。無事に終わればそれでいいと思っています。
昨日はなんだかぼーっとしたまま終わってしまった。反省 (ーー;)
今日こそ少しでもお絵描き頑張ろう。明日こそなんだか仕事関係のものを頼まれそうな感じですし…。しかも年賀状ですし…。いろいろ考えると急がないと年末に困りますよね。
あー、でも私の友人知人に喪中が多くて、まだ喪中ハガキが届くんだよね〜。今年はいまのところ6枚。いままで最多です。それも祖父母ではなくて、両親の喪がメインになっています。いつのまにかそういう世代になったんだなあ、我々… (ーー;)
向精神薬関係の本を読み進めながら、いままでの病気と薬と治療者と患者の試行錯誤と苦闘をしみじみと感じています。それだけ精神科の病気は複雑で、そのメカニズムも完全に判明したわけではないんだな。
それでも薬は効き目のほどには個人差があるけれど、上手く合えば効果が期待出来るし、他の薬が合う人もいたりして、私も現在先生とともに試行錯誤してますが、それでいいんだ、と改めて思っております。
別に精神科に限らずとも、他の肉体的な病気でもそうですよね。薬の効き目には本当に個人差があって、ある程度以上効くか、それとも効かないかは患者の体質などとの相性でやっぱり個人差があるんだと思います。
薬だけじゃなくて健康食品たぐいもそうです。私もイボが取れないかなあ、と思って、ルイボスティーとハトムギ茶を続けてみたけど、全然効果がなかったので、こりゃ駄目だ、とやめました。これで効果があった人もあるようですが、少なくとも私には合わなかった次第。
以来、一切の健康食品とか美容関係のものは信用しなくなりました。いまはビタミンの不足分をサプリメントで補うくらいですね。
このごろ私の精神構造は卵のように多重になっているような気がしています。
一番外の殻は外界に対してあたりさわりなくおつきあいするときに必要な、いわゆる「ペルソナ」と言われる部分。
白身の部分が常日ごろ鬱や希死念慮や副作用や、他人やまわりの環境などと葛藤が尽きない部分。病名がつけられているのもこの部分じゃないかと思います。非常に頼りなくふらふら揺れ動く部分ですね
でも、もっと奥の黄身の部分にちょっとやそっとでは動かず、また掻き乱されもしない、硬いなにかがあるようです。
これが「もうだめだ。もう極限」と思っても支えてくれる底力を持っているようです。これがあるからものすごく死にたくなってもブレーキがかかるし、大事なものや大切な人を守るための力も与えてくれるみたいです。これがなければとてもじゃないけど介護なんか出来なかったと思います。
さらに心から感動したり、創作意欲をもたらしてくれるのも、この黄身の部分ですね。これって一体なんなんだろう??と自分でも不思議です。
かくも複雑で難解なものに対して、治療の努力を続けてくれる人たちには頭がさがります。
ただし、利権のためにやたらとそういう薬を生産してしまう製薬会社は別にして、ですが… (^_^;)
いやー、本当に患者の方も賢くならなきゃいけないなあ、と思います。