お互いさま おかげさま ありがとう

両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

忘れられない言葉 その2

用事があって、区役所と銀行に行ってきました。区役所というよりは中にある保健所ですね。

そこの担当の方は(非常に親切な方でした)少なくとも10年以上前に、クリニックの先生に会われたことがあるらしく、当時の先生は鍾馗さまのような髭を蓄えておられたそうで、いまだにそのイメージが残っている、とのことでした (^_^;)

私は最初から髭のない先生しか知りませんので、鍾馗さまのような顔、というのを想像してみるのですが、どうやっても難しいですね。男性の変身で一番大きなものは実は髭のあるなしかもしれません (^_^;) 見る側にとってはある種の衝撃ですしね〜。

これはいつどこで聞いた(あるいは読んだ)言葉だったか忘れましたが、おばあちゃんが孫に話した台詞だったと思います。

自分の家の貧乏や不運を嘆いている小学生くらいの孫に、おばあちゃんが言います。「今は天に貯金をしている時やからね」と。要するに、自分が不運な時や、恵まれていない時でも、他人を思いやり誠意を尽くせば、それは得を積み、天に貯金をしていることになる。

それはやがて自分なり、自分の子孫なりに返ってくる。困っている時に助けてくれるようになる。…大体はそういう主旨の言葉だったと思います。

こういう場合の「天」というのはやはり特定の神仏ではなく、人知を超えた偉大な存在であると思えます。

他の人間は見ていなくても「天」が見ているから悪い事は出来ない、とか、「天の恵み」とか、「天に感謝する」とか、こういう心はあらゆる宗教を超えた普遍的な「人の気持ち」なのではないかと思うんですよね。それは宗教的なものの原点でもあるし、ひとつの到達点であるのかもしれません。

なんだか特定の宗教を超えたところでもこういう想いや素朴な祈りがあるんだなあ…。もしかしたらそれが人が人であるゆえんかもしれないなあ、と思いました。

昔、友人が仕事である名簿を作っていたときに「すごくいい名前をみつけた!」と言いました。「天」と書いて「たかし」と読むそうです。なるほど、すごくいい名前だ。これも20年近く昔のことです。

こういう風な名前をつけたご両親もすごいなあ。今流行りのキラキラネームよりも、よほど私は感動したのでした。

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