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両親の介護も一段落 双極性2型障害と気長に共生中

難しいことですが…

昨夜は冷える予報でしたので、マイクロファイバー製の敷きパッドを使ったら、これが暖かくて、ついつい寝過ごしてしまうほどでした (^_^;) 省エネのためにいいものがどんどん開発されてますね。

電気を使わなくても暖かいマイクロファイバーは今年は「着る毛布」の形で各社から販売されていますが、あれだと現実には足下が危なっかしいなあ、と感じます。私でも裾を踏んで転びそうな気がするし…。もっとお年寄りでも安心して着れる形のものも欲しいなあ、と思うんですが…。

うちのご近所も、みなさんどんどん老人世帯になってきて、足腰を痛める人が多く、どこのお宅でもベッドを導入されることが増えています。布団の上げ下ろしはお年寄りには重労働ですし、昔、母方の祖母がその行動で大腿骨骨折した経緯があったので、やはりベッドと洋式トイレ、バリアフリーな床はお年寄りには必要不可欠になっているなあ、と切に感じます。

私も毎日の布団の上げ下ろしは結構きついと感じるので、階下にもう一部屋あれば、母と私の分のベッドが置ける専用寝室を確保したいところですが…。それなりの資金で「リフォームの匠」にでもお願いしないことには無理でしょうね〜。いまならば自分でも設計が出来そうな気がしますが、いかんせん建て替える費用など都合がつくわけもありません (ーー;)

昔ながらの日本建築は、実はお年寄りや障害のある人たちには優しくないものだったんだなあ、と改めて感じました。

 このあいだから、社会の中に存在する差別について考える機会が増えています。

自分自身が肉体的に弱者の立場であるお年寄りに寄り添う機会が増えたこともありますし、昔からなにかといえば、どこの場所においても常に「少数派」である自覚もありましたが、メンタルの部分でも、どちらかといえば弱者の立場に立ってみると、ごく普通の社会が基本的に「健康であること」を条件として作られているのかよくわかりますね。

介護保険社会保障のあれこれも、どれも充分に機能しているとは思えないのですが…。こういうことは「健康で動けるのが当たり前」という視点からしか作れない人間社会の性のようなものなのかなあ?と、思ったりもします。病んでみないと健康のありがたさがわからないというのが哀しいことですけどね。

それとは別にいまだに国内のみならず世界のあちこちに差別というものは根強く存在します。

3/11以降、ふとしたきっかけで、海外の署名活動に参加する機会が少しだけ増えました。それによって、たとえばある国では単に同性愛者である、というだけで罪になり、死刑になる可能性すらある、ということなども知りました。さすがにそれは無茶苦茶すぎると思いましたが、ここまで極端でないとしても、国籍やその他の複雑なからみの差別意識はあちこちにありますね。

人類とチンパンジーとには2%の遺伝子の違いしかない、と聞きますが、だとしたら同じ人類の中の差異はほんのわずかなもので、すでにもうそれは「個性」と呼べるものでしかないのでは…?と私は思うのですが。

それでもどんなに貧困に苦労する人たちの間でさえ、自分たちよりもさらに下に見下ろしたいものを作ろうとする意識などがあるらしいです。ほんの少しでも優越感を持ちたいと願うような感じなんでしょうか?? 本当は誰にでも人としての同様の価値がある存在なのに…。

いろいろ考えると本当に哀しくてたまらなくなりますが、このテーマは生涯関わるものでしょうし、私自身もさらに学びつつ、わずかなりと意識の改善のために出来ることを考えたいと願っています。

「みんな違って みんないい」という、本当に幸せな気持ちが訪れる日が来ることを願って…。

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