昨日は少なくない方から、いろいろとメールやコメントをいただきまして、どうもありがとうございました。
わざわざアメリカから示唆していただいた「共感疲労の極限」という状態なのは、おそらく外れてはいないだろうな、と自分でも納得出来ました。すでに旧知の医療関係者の方々から、前もって「気をつけて」と言われていたにも関わらず、ここまで来てしまったのは私自身のせいです。申し訳ありませんでした m(_ _)m
少し距離を置いてみようと決意したことで、いきなり体調が回復するわけではありませんが、精神的にひとつ重いものが降ろせたような感覚はありますね。徐々に本来の自分に戻れるようにしたいと思っております。
SNRIの効果についてももうしばらく様子を見る必要があるようです。
不思議なことですが、そうしましたら、久しぶりに父が夢に出てきてくれまして、本当に嬉しかったです。 亡き祖母や祖父も…。
なにも具体的な言葉を言ってくれるわけではありませんが、私が希死念慮が強くて、かなり本気で「死にたい」と思っている時には来てくれないんですよ。
気持ちを入れ替えて、もうちょっと頑張ろう、と思ったら…ですものね (^_^;) 家族は死神とは遠い存在で、本当に守護してくれているんだなあ、と思うと嬉しかったです。
かつ、現実とあの世と両方に支えてくれる人たちがいることのありがたさが改めて実感出来ました。私は幸せですね。これに感謝しなければバチが当たりますね、きっと (^_^;)
不本意ながら、放射能関係の話題のトップからはしばらく距離を置きますが…。
けれども現状はほとんどなにも改善されておりません。真夏でも子供たちは外で遊べず(夏休みの間は各地で息抜きが出来た子供たちも多かったようですが)通学にもミニサイズの線量計をつけて、長袖にマスク、校庭で体育の授業やクラブ活動も安心して出来ない、という事実があることは、忘れないでいただきたいと思います。
それから非常に残念極まりないことですが、目に見える異常が増えるのはまだまだこれからだということも…。
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/loganovski.html
まだ間に合うのなら一人でも多くの未来ある子供たちに負債を少なくしたい心情は切実なことにかわりはありません。私は過剰な負担にならない範囲で、また自分なりに出来ることを考えていきたいと思っております。
…そういえば、昨日はひとつ別の言葉に行き当たりました。それは「エンパス」という言葉です。
テレパシーが使える人をテレパスとも言いますが、エンパシーが強い人間のことをエンパス、というらしいです。エンパシー…共感能力。アメリカでは20人に1人だけど、なぜか日本人の場合は5人に1人はこれらしいです。
http://www.voice-inc.co.jp/documents/workshop_page/rose/rose_sp.html
上のような文章を読んで、もしかしたら私もこれに当てはまるのかもしれない、と思いました。そうすれば納得出来ます。人ごみが苦手なわけや、病院と言う場所で人並み以上に疲れてしまうことなども…。(ただし、私は自己主張はしっかりしますけど)
日常的に常にスイッチオンの状態なわけですね。しかもこれですとスイッチオフにする方法もあるらしいです。
医療関係でターミナルケアなどに関わるお医者さんや看護師さんなどは、共感疲労に陥りすぎないように訓練されるようです。もしかしたらそういうことも可能なのかなあ?とも思いますし…。
共感能力が仮に神さまからのギフトだとしても、自分でコントロールが出来ないと、私のような不具合を起こすわけで…。もっと誰かのために役立てたいと思うのなら、オンオフの切り替えはやっぱり必要な気がします。これから徐々にそちらのことも学べるといいなあ、と思っております。
…懲りないですね、私も… (^_^;)