ちょっと興味深い記事を見つけました。
これは日本人社会の特徴でもありますし、時には長所でもあり、かつ短所でもある部分ですね。
対人恐怖症にみる みんな一緒が大好きな日本社会
私自身は「みんなと一緒」というのがむしろ苦手な方なんです。どちらかといえば自分独自の個性を大切にしてきたというか、中途半端な妥協が嫌いなんですね。いわゆる単なる社交辞令とか、楽しくもない場所に無理やりに付きあわなければいけないようなことが非常に苦痛でした。
この苦痛は大勢の相手と行動しなければならない、ということで、幼稚園の頃から苦手なことでしたね。特に「お遊戯」とかが大嫌いだった。こういうことにそれなりの楽しみを見いだすにはその後数年を要しました。(集団演技でも抵抗がなくなったのは中学生あたり)
こういう感覚ってあまり日本的なものではないのかもしれません。ゆえに高校生の頃には、すでに狭い学校社会の中で友達を作ること自体を諦めていました。
で、まあその後、もっと広い社会で理解しあえる友人を見つけたんですが、彼女は結婚をきっかけに「普通」に埋没する道を選んでしまいましたしね(ーー;)
この世の中で生き辛いと感じるのはそのあたりのこともあるのかもしれません。
対人恐怖とかではないと思います。多人数を相手にするのは苦手ですし、1対1で話すのも緊張はしますけど、精神的には楽です。相手のことをしっかり理解するきっかけにもなりますし…。
長所も短所も全部含めて、ありのままにその人を理解したい、という思いはいつも基本です。だからなあなあのおつきあいは苦手です。世間で友人を作るのはかなり至難の技なのはいまでも変わりがありませんね。
脱原発とか、避難行動とか、思いきって自分だけが動けないという人たちの心理にはそういうものが確かにありますね。集団に埋没する方が生きやすいのは確かですしね。仲間はずれが怖いというか…。
そういう深い根っこがあるなあ、と思うと、私もさすがに個人としての限界を感じてしまいます。哀しいことですけどね…。なんとか上手くプラス方向に転換することは出来ないものかと考えてみたいと思います。