つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

私でも生きやすいと感じるこの街で…

 

報道姿勢が嫌いだから信用も出来ない

 

凶悪事件の容疑者に精神科の通院歴や入院歴があったという報道で、身近な人達に誤解をされて辛い思いをしたという話をよくお聞きしますが、私自身はその体験がないのですよね。理解者に恵まれているのか。過去にいじめにも会わなかったのと同じです。思えば不思議なことでもあるんですが…。

 

精神疾患があって、通院歴や入院歴があるだけで、それをクローズアップされる報道自体がおかしいんですが、それを真に受けて反応する人たちが少なくないということですね。常々真面目に受け止めて考えていないか、真面目に勉強していない人たちの反応だと思います。

 

個人的に木を見て森を見ない人とはできるだけおつきあいしたくないと思います。

 


隣人の悩み

 

子供の虐待事件なども聞くたびに思いますが、なにかおかしいと思っていてもうかつに声を出せないご近所の悩みもあるなあ、と思います。

 

いや、私も記憶があってね。いまはもう成長した子供さんですが、まだ幼い頃に引っ越してこられた家族の中で、お母さんがよくその女の子を外に出していて、なにかを叫んでいて、子供は泣いてるし、「大丈夫かなあ?」と他のご近所さんたちと話していたことがありました。

 

結局どうなったかわからないまま、そこの家族は引っ越していかれたんですが、なにげにその子のことはずっと気になっていました。あのお母さん、精神的に厳しい状態だったのかもしれません。でもこの町内にも馴染めないんだな。

 

 

地縁のありがたさ

 

 

地縁(ちえん)とは、住む土地にもとづく縁故関係のことである。 つまり現在住んでいる土地や過去に住んでいた土地などによる縁(人間関係)のことである。
地縁としてはたとえば、地域共同体、町内会、「向う三軒両隣」などの近隣住民同士の縁が挙げられ、こうしたものは生活上の助け合いの関係、相互扶助を形成している。

 

 

ずっと子供の頃から家族の歴史をご存知なご近所さん、向かい三軒お隣りさんあたりにはずっとお世話になっています。50年以上、親子孫三代に渡ると誰の病気とかでも揺るがない繋がりがあるんだな。両親を亡くしても変わらないものがある。

 

ひごろは特にうるさい関係じゃないです。会えば挨拶して世間話もするけど、余計な世話はやかないし、口も出さない絶妙の距離感がありまして…。

 

こういうのもきっと親が遺してくれた財産なんだと思います。とてもありがたいものです。

 

昔は作り過ぎたおかずをやり取りしていたこともあったし、赤ちゃんのお風呂あがりの手伝いや、留守中の犬のご飯や散歩とか本の貸し借りとかの生活レベルのことで交流がありました。私もお返ししていきたいですね(^^)

 

このあいだお向かいのTちゃん(二児の母)、「うちのお母さんが入院して手術する時に、お父さんは仕事だし(競輪選手だからレース中は外出禁止)ママが(うちの両親はパパママ呼びの子たち)お弁当を作ってくれて、朝ご飯も食べさせてくれて「いってらっしゃい」って送り出してくれはった」夕飯はお隣のYさんちで食べてた、と…。Tちゃんが中学生くらいの時でした。助け合いですね。

 

弟が不登校の時に気晴らしに夜のドライブに連れていってくれたのはTちゃんのお父さんだったしね。私もTちゃんのスカート縫ったこともあるわ。

 

Yさんちに不幸があったときも子供たちはうちでご飯を食べてましたっけ。ここの子供たちも「パパママ」呼びしています。立派にアラフォー、アラフィフですけど (^_^;)

 

日頃からこういう近所つきあいがあったら、虐待とか起きようがないですね。なにかあれば子供たちもお互いに近所の家に走るしさ。弟が熱性痙攣になったときも母が必死に抱き抱えて病院に走ったら、ねんねこ(ってわかります?綿入れのやつですよ)持ったYさんが走って来られたりとか。

 

 

 

私にもささやかにできることがある


私がよく聞かれるのはなぜか医療的なことで、これは母から受け継いでますね。責任があるので必ず「先生に確認してね」と念をおしてからわかることはお知らせしてますが…。近所に薬局がなくなったから相談出来る人が少ないんだと思います。ネットもやらない高齢者ばかりだし。

 

防犯でも有効な絆です。昔はよく留守中にお向かいやお隣が宅配荷物を預かっててくださったりしました。

 

先日弟が玄関開けっ放しにした時も見張っててくださったみたいだし。
ふと気付いた私が「おばちゃん!お鍋焦げてへん?」とお隣に走ったこともあります。
ここのおばちゃんたちが健在なうちはここを離れたくないなー。

 

地縁、人の縁っていうのも無形財産ですね。信頼が強いと心強いです。私もささやかに出来るお手伝いはしてますよ〜(^^) こういうのも自己肯定感の礎のひとつかもしれません。

 

なんだかうるさくない絶妙の距離感に支えられているんですよ。ここのご近所さんの関係ってちょっとした奇跡みたいに思えます。

 

いまの世の中で隣人がどういう人かわからないのって不安がありますよね。こういう助け合いの関係があれば育児や介護で追い詰められることもマシなんじゃないかな?と私は思うんですが…。

 

でもこの絶妙の距離感って難しいよね。ちょっとため息です。

 

 

 

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