つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

人間は人間について死ぬまで勉強が必要だと思います

 

まだアルコールはお休み中です

 

昨日、少し頭痛があったので、一月ぶりに鎮痛剤を飲みました。

 

お酒のほうはまだ飲んでいません。一月飲まなかったことって、いままでなかったかもしれません。買い物に行って、新しいフレーバーの缶酎ハイを見ると飲みたくなりますが、買うには至っていません(^_^;) 私はやはりあんまり依存するタイプではないようです(^_^;)

 

ただし、甘いものはそれまでよりも欲しくなりますが…。


ちょっとね、昨日も今日も午前3時に早朝覚醒していて、しかもあまり眠くないので、軽躁に入ったのかな?という気はしていますが、それは幸いでやりたいこともあるので、成り行きに任せておこうかなあ、と…(^_^;) 反動は怖いですが、ここで立ち止まるとなにも進展しない気がするので、しばらくやりたいようにやってみます。

 

買い物欲求が起きないのが幸いというべきかも…(^_^;)

 

 

生涯の課題だと痛感する

 


昨日の話題となんとなく続くんですが、人間、やっぱり一生勉強だなあ…とこのごろ思います。なにをいまさら、と言われそうですが…(^_^;)

 

知識はもちろんのこと、それらを実践で、実生活で役立てることが出来る応用力と、統合力とでもいうのかな?人間としての能力を高めるというか、そういう感じの学びですね。

 

このごろ私的にはお師匠さんは自分以外のすべての人であるように感じています。老若男女を問わず。子供なんて、あなどれません。まだこの世にやってきて数年とか経っていないから、直感的なものとかアイデアとかがストレートで来るもんね(^_^;) あれはすごいですよね。それにアート的な発想とかも子供はすごいですよね。半端な大人は叶わないというか…。そんな気がします。

 

だから彼らからも学べるところはとても多いのです。

 


自分よりも年上世代はその世代なりに、歴史や生活史の生き承認ですから、話を聞けるうちにたくさん聞いておいたほうがいいです。どれも大変ためになります。

 

私は祖母や両親からかなり多くのことを聞いてきていると思いますが、それでももっと聞きたかったと思うもの。

 

 

 

呪いの言葉が軽すぎる


あと、幸か不幸か世の中には反面教師になる方もたくさんおられますしね(^_^;)

 

タレントさんとかアイドルとか、そういう有名で影響力がある人のファンの人に対して、心ない言葉を浴びせたりする人も結構存在するらしい、というのも最近知りました。

 

別にそのタレントさんやアイドルが問題発言や行動をしたりしたわけでなくても、アンチに走るファンというのは自分たちがファンをしている人と比較していろいろいいたくなるらしいです。自分自身のことじゃないのに「私が応援している人に対する扱いが不当だ」みたいなことを感じるらしい。

 

ここにも「比較」という傾向が強く出てますね。なんで比較する必要があるのか私にはわかりませんが、挙句に自分が応援している人のライバルに「死ね」というような類の呪詛の言葉を口にしたりする人もいて…。

 

呪いは自分に返るんですけど、それすら気がつかない盲信みたいなケースって哀れだと思います。応援したい人の成長に伴ってファンも成長していくのが望ましいことですよね。

 

年齢的には大人なのに大人になりきれていない人も結構多い。ちょっとため息ですが…。

 

自分の行動が子供達にどういう風に見られているか?ってちょっと立ち止まってじっくり見つめなおすのも有意義ではないかと思います。子供という鏡は素直なだけにクリアで怖いと思いますよ(^_^;)

 

 


昨日の続きのドールフォト。

 

 

f:id:haruusagi_kyo:20180303060937j:plain

 

f:id:haruusagi_kyo:20180303060948j:plain