つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

誰の人生にもいろんな波がある 荒地の花を見つけよう

 

節約おかずを工夫しています


13日になりました。

 

節約~、と言いながら、なんとかやっておりますが、所帯じみた話題になるのですみません(^_^;) なんやかや言っても区切りの日には帳尻が合うようになっているから不思議ですが、そのせいでか作業療法士さんには「やりくり上手です」と言われております。でも病院はお金がかかるから、耳鼻科も来週に受診しようと思います。

 

昨日、スーパーで小さめのキャベツが丸1個150円だったので、つい買いまして、どうやって消費しようかとレシピを検索していたら、このへん簡単でいいかもしれない(^_^;)

 

cookpad.com

 

コンビニのお惣菜でも時々売ってるし。とん平焼きって。これでおかずになるし。
お好み焼き粉に小粒、もしくはひきわり納豆とニラ(小口ネギでもいけるかな?)を刻んで混ぜて焼いて、ポン酢で食べるっていうのも簡単で美味しいのですが…。お好み焼き粉を開封するとダニが心配なので、密封して冷蔵保存になるんですよね…。それが面倒…。

 

そういえば前に家でハンバーグ作ろうかと思って買ったパン粉、やる気が削がれてそのまま未開封です(ーー;)

 

料理嫌いなのに、なんでこんなに考えないといけないんだろう?といつも悩みますが…。

 

ちなみに昨日作ったドライカレーは美味しいと言って弟が完食。多すぎて私は食べきれず…。どうしてもどこかで食材を無駄にしてしまいます(ーー;)

 

 

 

今年中にやること

 

昨日までのところで、年賀状の間違いを修正し、自分のサイトの新年更新の準備をし、もしも現在描きかけの作品が完成しても一緒に新年更新にしてしまえー、とか考えています。

 

他は相手があって、それに合わせて動くことだから、予定どおりにいけばいいなあ、って感じで、22日は特養のカンファレンスです。25日が今年最後のクリニックの受診予定。レクサプロによって表面化した症状などについてはメモに書いたので、もしも明日弟が行くなら持って行ってもらおうと考えていますが…。まあ、弟が一人で受診可能かどうかはわかりません。場合によっては付き添いが必要になる可能性もあるかも…。

 

あと、人形の着替えと撮影もやりたいなあ…。ただし、ゆっくりした気分で。

 

可能なら伏見稲荷にもお参りしたいです。

 

 

精神障害者が介護をするということ


どこかで精神障害者の方のつぶやきを見たので、なんとなく調べてみたのですが…。まだあまり多く検索にかからないということは当事者や関係者の発言が少ないのかもしれませんね。

 

これはちょっと前の調査のようですが、あんまり現在も変わっていないかもしれません。

 

www.comhbo.net

 

 

 

介護をしている精神障害者が置かれている状況
(コンボ・丹羽)

 

高齢の親を介護する精神障害者に関する研究(2004)」(関口和子さん/現・荒川区役所福祉部介護保険課介護予防推進担当)によると、介護をしている精神障害者が置かれている状況として、以下の五点をあげています。

 

①以前から同居している精神障害者(以下=当事者)が介護者としての役割を担わざるを得ない状況がある。

 

②介護の役割を担っている当事者が疲れているときなど、不平や不満が鬱積して、「暴言」や「暴力」などの問題が起きることがある。

 

③一度に複数のことができないなどの理由によって、これまで当事者が通っていた仕事や施設などに行けなくなってしまう。それにより、社会とのかかわりが減ってしまう可能性がある。

 

④当事者の病気に対するきょうだいの理解が不足している場合がある。そのため、施設などへの通所の意味が理解されず、当事者に介護の役割などのしわ寄せがきてしまうことがある。

 

⑤当事者自身は、介護に対して、自分自身の役割や、これまで世話をしてくれた親への恩返し的な意味を見い出している人も多い。

 

この調査からは、親、きょうだい、専門職の人たちとの関係にも苦労しつつ、親を支える当事者の姿が浮き彫りになっています。

 

 

 

それまでの親との関係やストレスの強さなどによって、暴言&暴力もなきにしもあらずだというのはわかります。

 

ただ、うちにはそもそも暴言、暴力どころか喧嘩すら存在しなかったから…。そういうことって一度もなく、また想像したこともありませんでした。両親が共に認知症ではなくて、脳が半分やられても、もとの人格と性格を失っていないせいもあります。どこまで行っても父は父で母は母ですし。

 

「恩返し的な意味」はもちろんあります。いや、別に自分の病気だけに関係なく、現在の私を育てて作ってくれたという意味で。だからすごく当然のことですね。こういう行為はきっとブーメランなんだなあ、と思います。

 

こういう問題は介護が千差万別のように、みんな違うんだと思うし。

 

ただ、介護が終了すれば、それなりに社会復帰も可能になるくらいの機会は欲しいですが…。それがなかなか難しいから悩んでいるわけで…。仕事がしたいです。

 

 


荒地に咲く花々


私はどうも個人的に人生は修行の場だと捉えているみたいです。だからこそ、いままで頑張って来れたから…。

 

基本的に理不尽で不平等で不公平で平穏ではない人生ですが、誰にも好不調の波は存在するし、ある程度現実の不平等や不公平は正していかないと世の中は生きづらいばかりだし…。

 

それでも修行の中にいるからこそ、心が震えるような感動や、美しいものや、充実感にも出会いたいし…。それが自分なりの幸福を見つけることに繋がるんだと思っています。

 

で、私の場合はそれって「創作すること」と「人とのつながり」の中にしかないんですよね。比較的早くにそういうことに気付けたから、それも幸せだと思っています。

 

 

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