つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

自分の弱さを見つめて受け入れるのが私の人生の最初の課題だった

 

着圧ソックスで足のむくみが楽になった!

 

寒くなってきたので、2、3日前からハイソックスを履き始めました。着圧効果があるやつね。

 

item.rakuten.co.jp

 

これ、いいです~(^^)
昨日、初めて外出してよくわかった。

 

まず「靴が楽」「靴に余裕がある」履きやすい。
歩くのも楽。夏場は非常に足がだるくて、途中で立ち止まらざるをえなかった行程が、昨日はあまりだるさを感じることなく歩けました。なおかつ、耳鼻科から荷物を下げて歩いてこれましたし…。

 

なんだか嘘みたいな違いです。…っていうか、私の足のむくみってそれだけひどいんですね。秋冬春はこれで十分助かるなあ、とちょっとまとめ買いしました。わりと安価なだけにかかとなどが破れやすいので…。

 

夏場もこういうのを履いた方がいいんだろうな。でも夏は暑いからもっと涼しい素材がいいんですけど…。ストッキング素材だって暑いしなあ…(*-д-)-з

 

でもやっぱりこれはいいです。来年の夏までにこれのかわりになりそうなハイソックスを探したいですね。さすがに家で長時間リラックスしている時は脱ぎますが…。

 

 

 

みんな多様でいいんだよ


このつぶやきは本当にそうだなあ、と思いました。「普通であること」が当たり前とはかぎらないんですよね。当たり前だと思っていると感謝できないし、そうじゃない人たちに優しくも出来ない…(ーー;)

 

 

 

 

 


よく見かける精神疾患を抱える人のつぶやきに、「元気だった頃に戻りたい」とか「あの頃が懐かしい」みたいな喪失の痛みと現在の苦悩を内包したものがよくあるんですが…。

 

振り返ると私はそもそもあんまり元気だったことがないので、あんまり「元気だった頃に戻りたい」と思ったことがないんですよね。生まれてからこのかた、どこかに不調を抱えているのがデフォルトなので…。

 

普通の人よりも身体的に弱い個体として生まれてしまうと、他の人と同じに出来ないのが当たり前で、特にそれを嘆きも羨みもしなくなります。集団の中に入った時におのずとそれが自覚されます。私の場合は幼稚園の時ですね。自分の価値観とまわりの子の価値観が相当違う、っていうのがこの段階で判明します。

 

他の子にできて、自分にできないことがある。自分にできて他の子にはできないことがある。でもそうやって違っていていいんだ、と自分で理解して納得できましたし、両親もそれを応援してくれました。

 

無い物ねだりをしないで、自分の持ち前で生きようと早い段階で決意する。むしろそのことで助けられているんですね。できないこと=弱さを受け入れることも大切かもしれないと思います。

 

 

 

幼児でも悟りに近い感覚はある


それ以降、私は「人並みにできない自分」でも卑下する必要はない、と悟りましたし、他の子の得意なことは素晴らしいことだから、拍手に価するとも思いました。

 

卑下しない、羨まない。自分のできることを大切にする。他の人の長所に敬意を払う。

 

幼児の時にそれが完成していた気がします。

 

それ以降に思春期に身体的な病気になって、進学どころではなくなっても、大人になってからこういう精神疾患になっても、普通の人よりは落差が少ないから、あんまりショックじゃなかった気がします。だから焦らないけど諦めない。

 

それでも人の役に立つことはしたいと願ってしまうし、多様な働き方が可能な社会というのも必要だと思いますし…。まあ、そういうこと考えるともどかしい気はありますけどね。

 

 

 

お天気悪いからドールの撮影ができません。やっぱり窓から自然光を入れた方が綺麗に撮れるし…。

 

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