つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

家族全員が精神疾患という環境で私はいかに強くなったのか

 

まだいまいち元気が戻りませんが、またぼちぼち書き始めようと思います。

 

そういえばアビリンピックの話、パンフをよく読んでみると、現在どこかの就労支援事業所か、訓練校に在籍していないとダメみたいです。なーんだ、ちょっと残念… (*-д-)-з 若い方々頑張ってくださいね (^_^;)

 

 

自虐的な言葉は痛いよね、自分も相手も


昨夜、サユさんのこの記事を読ませていただいて、ああ、そうか、一般的に多いのはうつ病の患者と健常者、っていうパターンなんだなあ、と気がつきました。

 

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我が家の場合、私が2002年ごろから、弟はパニックも入れるともっとずっと前から、母ももとより双極性障害で、乳がんの手術をした13年前くらいから、体調の悪い日が増えて、やはりうつが強めになりました。

 

父の死が2009年ですから、それ以降はうちの家族は全員がビョーキ、という状態で、これって結構レアなケースかもしれないと思いました。3人とも病気…ってあんまりないよねえ…。

 

で、そういう家族のいる家の中がどうなっていたかというと、まあ、片づかない、片付けられないのはそこそこありましたが、他はなんとなくみんなで助け合いつつやっていました。私は入院ってしたことないんですが、もしかしたら穏やかな病棟ってこういう感じ?とか思ったことがあります。

 

 


「同病相憐れむ」


うちの家族、具合が悪いのはデフォルトになっているから、わざわざ言葉にしなくてもなんとなくわかるので、誰かを責めることもないし、自虐的な言葉を使ったこともありませんでした。だって馬鹿馬鹿しくなるんですよね。健康な人に言うわけじゃないし。言われたところで、「うん、私もそうよ」としか言えないし。

 

もともと喧嘩もしない家族だから、声を荒げることもまずありませんでした。「みんなで死のうか?」にもなりそうでならない。誰かが「アホなことやめとこ」って思うから。

 

そもそも母と私が自己肯定感が強いもので、「まあまあ、なんとかなるし…」「時間が経つのを待ったらええわ」とか「しんどいなあ…。そやけど、ひとまず寝ようか」とか、そういう感じ。

 

そういう中にいると、自虐的にもならないし、(でも厭世的にはなります)自傷もしません。なんていうのかなあ。家族の存在が鏡みたいなものなんですね。だから家族を見ていると自分を見ているのと同じことになります。

 

 

守るために強くなった、みたいな…


父が亡くなってからは母も高齢ですし、自然と私が家長の代理みたいな役割を果たさざるを得なくなりました。その分、しっかりしないといけませんから…。

 

制度を知って充分に活用しないと家族を守れないというのもありましたし、そのへんの勉強もなんとなくしましたし…。手続関係一切が私の仕事になりました。

 

しんどくても動かざるを得ないことばかりでしたが、意外にもこれが徐々に自信をつける役割を果たしていたのかもしれません。メンタル強くなりますよ〜 (^_^;) そうやって役目を果たしていける自分は決していらない存在だとも思わないですし。

 

「言霊」というのがあります。やっぱりこれはメンタルに働きかける効果もあるんじゃないかと思います。

 

これから大舞台に臨もうとする人が「自分はダメだ」とは言わないものね。羽生結弦くんの試合直前の映像を見ていたら、唇が「出来る」(「やれる」かな?)の形に動いてたもんね。


私はよく「大丈夫」と言っています。これも効果があります。いろんなことが本当に大丈夫になってくるんです。

 

自分の人生の主役を演じられるのは自分しかいないので、ダメだと思える時は観客目線も思い出しましょう。本当に落ち込んでいる時には難しいでしょうから、これは日頃から練習しておくといいかもしれません。

 

苦悩はいつか時が経てば必ず強さのもとに変わるので、それだけは忘れないで欲しいと願っています。

 

母は「あんたなら出来る」といつも言ってくれましたから、確かに出来る子になったんだと思っています。家族関係が原因の悩みを抱える人も多い中で、本当に珍しいことだと思いますが、それをちゃんとお返し出来るように、いま頑張っている気もします (^_^;)

 

 

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