つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「なにも出来なくてもいてくれるだけでいい」あなたへ

 

初めての母の胃ろう交換

 

昨日は「もし倒れてもそこは病院だからなんとかなる」つもりで母のところに行ってきました。

 

相変わらず母の部屋にいると無性に眠くなります。もはや条件反射的な感じです。私個人にとってはどんな入眠剤より効果がありそうな気がします。横になってもいいですよ、という場所さえあれば、ですけどね (^_^;)

 

待っているあいだにしんどくなってきたので、また廊下のベンチで寝ようかな、と思ったくらいですが、2時前に看護師さんが迎えに来られて、先生にお会いして書類にサインしたりしていました。一応は手術の部類に入るので、家族の承諾と立ち会いが必要なんですね。

 

父がお世話になっていた病院の先生ですが、父の時ももう10年くらい前になるから、今日の先生のお仕事とはかぶらないかもしれません。

 

まあ、胃ろうの交換は10分もかからないくらいでスムーズに終わりました。血液サラサラにする薬の関係でちょっと出血したようですが、朝は絶食だったけど、夕食からは再開だそうです。

 

 

生きてるのって切ない

 


普通、胃ろうの交換はだいたい6ヶ月くらいなんですが、父の時は在宅だったこともあって、主治医の先生が「うーん…。まだいけると思う」というので、結局1年半から2年近く持たせることになって、最後の方はすごく漏れるから私もえらい苦労しました。

 

交換の時にやはり劣化していたようで「もう少しで開腹手術になるところでしたよ (-_-メ) 写真も入れたから先生にちゃんと見せてね」と怒られて(家族が、ではありません)以後はちゃんと半年ごとになったとか、そういう話を看護師さんとしていたら、父のことを思い出したのか、母は少し涙ぐんでいました。

 

なんだかなあ…。以前、母の友人がぽつっと「生きてるのって切ないなあ…」とこぼされたことがあって、ふとその言葉を思い出してしまいました。

 

 

自分では寝返りも無理でかろうじて右手が少し動く程度のことですが、私はなにもできなくてもいてくれるだけで価値がある存在だと思っているので、母の方もそれを察知していて、頑張って生きていてくれるんだと感じています。それがわかるからありがたいし、なるべくせっせと顔を見に行っているわけですね。

 

弟はそれとは違う感じ方をしているようですが、弟の気持ちは私には理解し難いので、まあ、どうしようもありませんね…。

 

 


重い障害があっても…


親の介護もそうですが、介護というと他にもあって、私は重度の障害を持つお子さんがいるご家族、というのをかつて数組知っていました。

 

友人の家族やご近所さんや小児科の患者さんだったご家族などですが、私が知っていたその数組のご家族は一様に障害のあるお子さんを中心にして、非常に結束が固く、協力しあい、なおかつ明るく日々を過ごされていました。

 

そういうのを見ていると「ああ、あの子はなにもできないけど、でもそこにいてくれるだけでいい、価値ある存在なんだなあ」と思いました。

 

ただ、そういうご家族もお子さんが成長し、きょうだいが独立し、家庭を持ち、両親が歳を重ねて、病気になったりしていくと、家族だけでの世話は難しくなります。その辺は本当に高齢者介護と一緒だなあ、と思います。

 

家族にとっては大切な子、でも他の人にとっては必ずしもそうじゃなくて、あんなふうな相模原の悲劇が起きたり、介護施設での虐待事件などが起きると、本当にやり切れなくなります。

 

やむにやまれず施設に入れているご家族だって少なくないと思います。でも家族にも生活があるし、家族それぞれにその家族にしかわからない歴史もあるだろうしね…。

 

「なにもできなくてもいてくれるだけでいい」という価値に気付かない人もいるだろうしな…。寂しいけど…。

 

やっぱり…生きるのって切ないなあ…としみじみ思ってしまいます…。

 

 

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