つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

人を生かすための言葉を使えるようになりたい

 

夏はダウンする時間が増えます(ーー;)

 

気温が上昇してくると、私も変温動物ですから、体温が上昇して、ずっと微熱状態になります。しばらく「風邪ではないのどの痛み」とか続いていたので、現在も感じている背中の痛みを加えると、本当に慢性疲労症候群っぽい感じになります。ただ、熱は冬場にはましなことと、始終横になりたいほどのしんどさは寒い時期にはまだましなんですよね〜。

 

でも昨日は午前中も午後も寝てました。とにかくしんどくて、横になってうたた寝しても、夜もちゃんと眠れるので、やっぱり疲労感が強いのかもしれません。ずっと寝てられたら楽かもしれませんが…。

 

ああ、でもさすがに今日はご飯作る気力もないです(ーー;)

 

お絵描き完成して、サイトも更新したら、それで限界だったみたいです。このつぶやきを見て、大切なものを守るためには並ならぬ覚悟が必要だと思いましたが…。自分はそれをやってきた自負もありますね(^_^;)

 

 

 

 

究極の選択を迫られている人の話


非常に重い話題であれなんですが、昨夜たまたま流れてきたつぶやきを見て、気になった方があります。全然知らない人で、縁もゆかりもない方なんですが…。

 

かいつまんで書くと、その方は子供の頃からいくつもの難病と言われる病気に罹患して、でも怠けていると思われるのが嫌で、必死に頑張って、余計に病状を悪化させてしまったらしいです。主に自己免疫系の疾患が多いような感じです。

 

で、現在はほぼ寝たきりに近いそうで、健康でもなく、お金もないから、近いうちに安楽死の選択のためにスイスに行く、と家族や親しい友人に打ち明けたそうです。その人の苦痛をご存知の家族はあえて反対されなかったみたいで、ただ親友は「ちょっと待って、最後に働きかけはしてみるから諦めないで」と言われたそうです。

 

その親友の意図は、彼女の病気や生活をメディアに訴えて、そこからなんらかの治療や生活の足がかりを得たいというものでした。

 

でもご本人はそういうことで公になってしまうと、余計に生きていけなくなりそうだと躊躇されています。病気の診断がつくまでに20年以上かかって、そのあいだにきっと言われなき中傷などもあったと思います。

 

だから公表されるのも戸惑うし…。でも「死にたいわけじゃない」「いつも蛇口を探してきた」と書いておられるのですね。後ろ向きとは思えないし、死にたいわけでもない人が、あえて安楽死を選ばないといけないことっていうのはどうなんだろう?と考えてしまうと、昨夜からずっとそれが頭を離れません。

 

本当に知らない人のことではありますが、こういう風に不幸な方向にしか流れないのは悔しいなあ、と思ってしまいました。なにかが出来るわけでもありませんが、どこかに希望が残って欲しいとは願っています。

 

公表することの良し悪しはいままでの日本の例でもいい反応ばかりじゃないのはわかりますし…。本当に究極の選択になるでしょうけど…。

 


…すみません。自分ではどうしようもないんだけど、どうしても気になってしまうことはやめられない私でした。

 

「他人のことが気になるのは暇だからだ」という声もどこかにあったけど、うわさ話じゃあるまいし、生命がかかっている問題に無関心でいられないのは当然だと思います。

 

 

 

「言葉(コトバ)」が持つ力

 

いま読んでいる若松英輔さんの本。

 

 

言葉の贈り物

言葉の贈り物

 

 

「言葉」について、「言葉の持つ力について」書かれた本です。まだ途中ですが、「これは」と思う文章にたくさん出会いました。

 

人生の師は、しばしば試練を伴って私たちの前に顕れる。むしろ、そうした人生の問いを伴って顕現する者のみが、師と呼ぶにふさわしいのかもしれない。全身を睹して向き合うことを求めてくる。そうした人生の問いは、次第に生きる意味へと変じていく。それを精神科医神谷美恵子(1914〜1979)は『生きがい』と呼んだ。

 

 

生きがいをうしなったひとに対して新しい生存目標をもたらしてくれるものは、何にせよ、だれにせよ、天来の使者のようなものである。

 

 

英語では成功をsuccessという。また動詞となって「成功する」となるとsucceedになる。この言葉は、何かを成し遂げることだけでなくある事柄が持続しているさまを意味する。言葉には、長い年月をかけて培われた民衆の叡智が生きている。成功とは結果ではなく、大切な何かを継続的になしつつある状態を指すというのだろう。

 

 

 

いつからか「成功」は、多くの金銭を手にすることになった。(中略)

 

お金が直接的に介在しない仕事はいくらでもある、ボランティアや非営利団体での活動などもそうだが、それだけではない。仕事とは文字どおり「事」に仕えることだから、人生の避けがたい何かに直面しそれを生き抜こうとする者たちは皆、働き、「仕事」をしている。たとえば、病を背負ったとき人は、その試練を生きることが誇り高き仕事になる。

 

 

 

…あんまり素晴らしいので、まるまる引用してしまいました(^_^;) 文字も大きく、分厚くなく、でも珠玉の言葉がぎっしり詰まった本です。いつまでも手元に置きたい一冊になりました(^_^;)

 

 

 

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