つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「自分の人生を演じる」という感覚で生きると生きるのが少し楽になる

 

今日は母のところに行きたいと思っているので、予約投稿しておきますね(^_^;)

 

 

70年越しのご縁もすごいと思う(^^)


今月5日で母は満83歳になりました。

 

母の親友のTさんは同学年ですが、早生まれなので、母とはちょうど1年近く違います。それでもお互いが中学生になった時からのおつきあいなので、実に70年以上のおつきあいですね。ふたりともつれあいがもういないから、つれあいよりも長いつきあいになります。

 

まあ、子供の頃からここの土地をあまり離れないってことですよね。母も結婚して上京区にいましたが、結局伏見に戻ってきましたし…。

 

その70年来のおつきあいの友達グループが誰も遠くに行かないで、結婚しても近くにいて、ずっと付き合いがあった、というのも不思議なことではありますが、まあ、あの時代はそういうのかもしれません。身近にいる人と結婚して生涯を送る人生。まあ、そういうのもアリかなあ、と思います(^_^;)

 

 

 

私の絵が伝えるもの

 


で、そのTさんに昔言われたことがあります。私の絵を見ながらなので、Tさんが感じられたことなんだと思いますが、「あんたは大恋愛したことあるやろ?」という意外な言葉でした。

 

なんで?と尋ねると、静かなイメージの中から伝わってくるものがあるのだそうです(^_^;) まあ、そこまで見てもらえたら本望ですけど…(^_^;)

 

大恋愛…まったく経験がないとは言わないけど、でもそれが成就したにしろ、していないにしろ、そういうものはすべて「創作」という形で昇華されてしまうのが私のパターンなんですね。

 

ああ、自分が選択したものに悔いが残らないのはそういうこともあるのかな?と思います。

 

イマジナリー・フレンドはフルに活躍していますが、私は心のどこかで、「ドラマチックな人生を演じている」という意識があるんです。「意識」というよりはむしろ「無意識」の方だと思います。

 

「演じている」という感覚は没入も可能ですが、同時に自分自身との距離を置くことも可能になります。役者さんが自分が演じたキャラクターをモニタを通じて振り返るように…。冷静に見直すことが可能なんですね。

 

見直しながら、また配役に戻って続きを演じるような感じ…。やっぱり一種の他者目線でしょう。そういうのがあるんですよね。

 

 

 

ドラマのような人生を演じていこう

 


これがあると、一時的には本気で深刻に悩んだり、苦しんだり悲しんだりもするんですが、少しの時間を空ければ、おのずと冷静になれるような感じです。

 

自分の人生ですから、主役はあくまでも自分自身。さだまさしさんの歌に「主人公」というのがありますが、思い出してしまいました(^_^;)

 

どうせ主役を張るのなら、思い切りドラマチックにやろう、失敗してもはたから見ればコメディシーンにすぎないし、悲劇のヒロインじゃなくて、ほろりと泣かせつつも基本は楽しいドラマがいいと思います(^^)

 

「自分は自分の人生を演じている」と思うと、不思議に元気が出てくるし、落ち込んでもまた立ち直れるのです。人間にはそういう底力があると信じられます。

 

失敗して穴に落ちたら、それは誰かが「気をつけよう」と思ってくれるきっかけになって、役に立ちますし。無駄なことなんてひとつもないんですよね、きっと(^_^;)

 

そうやって自分で人生を演出していくと、幾らかは楽に生きられると思っています。

 

そうしてラストはもちろんハッピーエンドです(^^)

 

ハッピーエンドになだれ込むドラマを頑張って演じ切りたいと思っています(^^)

 

(人生のラストにスポットライトを浴びれたら、幸せ、という野望があったりして…(^_^;) 悲惨な人生を演じるのは私の美意識が許さないんだよ〜ん(^^))

 

 

追記*

とても参考になるYukiさんの記事を…。

ああ、このまんまやなあ、と自分でも思いました (^_^;)

 

susumu-akashi.com

 

 

 


さだまさし - 主人公

 

 

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