つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

うちの家族はレアケースなのかもしれないと思うこと

 

そろそろ本腰を入れてお絵描きしないとサイトの開設記念日に間に合わなくなってしまう…。このあいだわりと大作を描いたから、すぐに「これ」というイメージがまとまらないのが困ったところです (ーー;)

 

今年で丸16年。足掛け17年目を迎えるので、やっぱり記念になにかやりたい気持ちは大きいのですが…。

 

 


いじめられそうでいじめられなかった不思議


昨日、自分の子供の頃を思い出していて、よくあれでいじめられなかったなあ、と改めて感心してしまいました (^_^;)

 

「結婚しません」宣言すら誰にもなにも言われなかったしね。もともと両親は「まあ、それもええか」とあっさり認めてくれましたし…。それにしてもご近所さんや親戚も誰もなにも言わなかったのがやっぱり不思議…。

 

病弱でしたし、運動神経は鈍いし、大人しいし…。協調性もあんまりないし、いつでも静かにマイペースな子供だったし…。いじめられやすい子の条件が揃っていたように思います。

 

でもそうはならなかった。振り返ると不思議なことはいくつもあります。

 

でも大人しくて静かな子でも集団の中に交じる時にはいつも「自分」はしっかりと持っていた気がします。これは幼稚園に行くまでに根拠のない自信を持っていたこともありますし、両親が与えてくれた自己肯定感もありましたし…。芯がきついのもあるかなあ、と… (^_^;)

 

 

 

自己肯定感と生涯の目標と


中学生になった時にはすでにしっかりと「守るもの」を持っていました。それが「お絵描き」でした。これを守るためにはいくらでも強くなれる自分を認識していました。

 

…当然だよね。自分が生きるのに必要不可欠なものなんだから…。でもその頃からすでに絵を仕事にすることはない、とわかっていました。ただ、生きている限り描き続ける事は確実だから、それを指針に将来のことや進路のことを考えていました。

 

だから世間一般にいう「成功」とか「人並みの理想」とか、そういうものとかにはまったく感心がなかった次第です。

 

いついかなる時でも絵を描く時間と気持ちの余裕がないと自分が自分でなくなるとわかっていました。これほどはっきりした指針もないと思います。

 

そのくせそれは仕事にはならないから、もしかしたら最高に贅沢な人生なのかもしれません (^_^;)

 

いまでもそうです。死ぬまで描き続けていければ、それが可能なだけの経済的、精神的余裕があればベストだと思っています。それ以上は特に必要ないと思うのですね。世間的に「成功した人」にあんまり興味がないのはそのせいかもしれません。

 

 


ネットをやって良かったと一番思ったこと

 

ネットっていうのは多様な価値観や人生観に触れることが出来るからおもしろいです (^_^)

 

それまでは私は自分がごく普通な人生を送っているつもりでしたが、どうもそうではないらしい。まあ、私には私の「生きづらさ」があるけれども、もっと違う「生きづらさ」を感じている人が実はたくさんいることもわかったし…。

 

自分が経験してきた「当たり前」がどんどんそうじゃなくなってくるんですね。それがいいとか悪いとかじゃなくて、それだけ多くの人の気持ちを知ることが出来るのは大切な経験だと思っています。

 

 


家族の仲がよかった我が家


ところで。うちの家族の場合、ほとんど喧嘩というものをしたことがありません。これもわりと珍しいケースかもしれないんですが…。

 

両親がまず夫婦喧嘩をしなかったので、父が亡くなるまでラブラブでしたし…。

 

祖母と母はさすがに嫁姑でちょっとしか喧嘩はしましたが、「こんなにいい嫁さんに来てもらえて良かった」と心から感謝して亡くなりましたので、結局はいい結果になりました。

 

親子喧嘩もしたことがありません。はっきりした反抗期すらなかったような…。それどころか、親に叱られたこともなかった気がします。「だって、あんたは怒らないかんことなんかせんかった」と母は言いますが。

 

姉弟喧嘩もしたことがありません。弟とは5歳違いですが「あんたが相手にせんかった」とこれも母が言いますが…。

 

おそらくこういう家族も珍しい方になるのかもしれません。なんでかなあ?みんなHSPの傾向が強かったのか?いちいち言葉で言わなくても家族が感じたり考えていることがだいたいわかりますし…。これは私がHSPだからかな?

 

母などは小学生の時から優等生でしたが、外向的かつ人の気持ちを読むことに長けていたようにも思えます。

 

そういう家だから喧嘩する必要がなかったのかも…。家族間で争うよりも和合に持ち込むほうがずっと簡単でした。

 

思えば私はそういうことにエネルギーを費やす必要がなかったということで、随分恵まれていたことには感謝したいと思います。まあ、大人になってからは強い相手には喧嘩を売る覚悟も出来ましたけどね (^_^;)

 


たまたま見つけたこの記事。読んでみたら結構「なるほど」と思えました。うちの父は決して厳しくなかったけど、立派な「家長」であったのだと誇りに思います (^_^) このとおりに生きてました。

 

家族の幸せはお父さんで決まる | 鈴木雅幸公式サイト

 

 


なにが普通のことだかわからないけど…


うちでは普通だったことが全然普通じゃない人もたくさんおられるんだなあ、と思いました。私はそういうことは気付かないままで過ごしたかもしれませんが、でもそうじゃないことがたくさんあって、いろいろな苦悩が存在するんだなあ、ということがわかっただけでも、ネットやブログをやっていてよかったと思います。

 

具体的に私に何が出来るのかはこれからだとしても…。

 

ただ、誰かの気持ちを少しでも楽にするようなことが出来たら、それは望むべくもないことだと願っております。

 

 

 

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