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つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

精神疾患というものに対する理解(追記あり)

つれづれに思うこと 精神疾患 心について 双極性2型 大事なこと言いたい

 

予約投稿しておきます。朝からブログ書く元気がないかもしれないし…。

 


個人的な感覚です

 

あらかじめ書いておきますが、以下の感じ方と体験はあくまでも私個人のものであり、必ずしもすべての人に当てはまるものではありません。

 

「目に見えない障害」のひとつである精神疾患について、一般の人(おおむね健常者というべきかな?)はどの程度理解しているか?ということですね。

 

もっとも理解しやすいのは同じ病気の当事者同士です。それでも個人差はありますし、症状も人それぞれですが、「病状のパターン」という点ではかなり多くの共通点があって、それゆえの理解しやすさは大きいです。

 

 

精神疾患の患者同士で


★双極性2型と双極性1型の場合

波の激しさは違いますが、経験した躁と鬱の変化は同じなので、まあ、1型の人の方が躁の波が激しくて大変だなあ、というのはわかります。


★双極性2型と単極性うつ病の場合

もともと初診の時に双極性障害とわかることはほとんどないので、はっきりと診断がつくまで長くかかります。私で8年半。その8年半は単極性うつ病ということで治療を受けていましたし、自分もそのつもりでした。ハイテンションになるのは抗うつ剤のせいかも、と思っていました。


統合失調症の場合

代表的な幻覚とか幻聴とかの経験は自分にはありませんが、わりと近い経験はあります。基本的なしんどさは同じかなあ?と思いますが、かなり想像で補っていることも多いです。同じ精神疾患でも微妙に違いますね。


発達障害の場合

これはその人の性格とかもあるので、はっきり見分けるのは難しいですが、でもそれゆえに本人が生きづらさを抱えて悩んでいれば、やっぱりそうなのかなあ?と思います。生きづらさも病気によっていろいろあって、私は特に発達障害ではないと思いますが、決して生きやすいとは感じていませんし…。「自分であろうとする」こと自体が集団から突出する場合が多いので、生きづらさを感じゆゆえんかもしれませんが…。

 

でも、どういう病気であれ、自分のことも理解してもらえるのは嬉しいし、そうあろうと努力してもらえるのも嬉しいので、こちらもその人を理解したいし、理解できるように努めたいと思います。やっぱりお互いさまですし (^_^)

 

 

 

一般の人と患者と

 

で、一般の人の場合ですね。

 

★ずっと同居している比較的仲がいい家族の場合

 

元気な時も、徐々に体調を崩していく時も、しっかり病気になってからの苦悩も、見てきていると、かなり理解してもらえると思います。別に暮らしていたり、仲が悪かったりしたらこの限りではありませんし、家族に理解されないと悩んでおられる方も少なくないですね。

 

家族だから、似ているから、特に遺伝的要素がある双極性障害のような場合、親子で罹患することもあります。うちなんかそうですね。親姉弟だから、説明不要なほどですが…。

 

母がコロコロ気分が変わっても、「ああ、仕様がないよなあ…。気分障害だしなあ…」と思うから、別段腹も立ちません。がっかりはするけどね…。

 

うちみたいに家族全員が病気の場合は一番ましな人間(うちだと私)が否応なく動かないといけませんが… (ーー;)

 

家族の無理解とどっちがどうだろう?? (ーー;)

 


★医療従事者の場合

 

うちのクリニックの担当医は家族ぐるみで診察されているので、他の単独の患者さんよりはわかりやすいかもしれませんね (^_^;) これも家族でもばらばらですけど…。

 

私の知る限りでは意外とお医者さんや看護師さんでもうつ病の経験者はおられますね。まあ、それだけ世の中全体で罹患することが多いのかもしれませんが…。

 

うちの弟は訪問看護に来て欲しいのは「自分もうつの経験がある人」とか言いますが、さすがにそれは無理なので、経験が豊かな人にお願いしていますが…。

 


★友人の場合

 

本当に気心知れた友達で、お互いになにがあっても、相手の変化に戸惑わず、そのまま認めて受け入れてくれる友だと問題はないでしょう。まあ、生涯の親友レベルかもしれませんが… (^_^;)

 

誰かが無理をしてもお互いに辛くなるだけなので、離れていく関係もあると思います。それはやはり仕方がないと思います。無理をして元気な人に合わせても辛くなるだけですしね。そういう無理はいらないと思います。

 

 

★会社関係の場合

 

これもまだまだ難しい。

 

障害をクローズして働いていても、状態がわるくなって、きつくなると無理になるし、そうしたら本当のことを話しておいた方がいいわけですが…。そこからが難しいですね。ハンデがあると認識された上で、さらに対等に認めてもらうというのはこれからの課題ですよね… (*-д-)-з

 

ありのままに受け入れられて、生かせる特技や長所を存分に使えるようになるということないんですけどね… (^_^;)

 

 

 

少し前の体験ですが…


私の経験をひとつ。

 

ある方のお友達に双極性2型障害の方がおられたそうです。そのお友達は婦人科系の病気もされていて、それでも正社員として勤務されているそうで、そこまで回復されていて、調子がよければ本当に喜ばしいことだと思いました。

 

でももしかしたらその人は本当は調子が悪いのに、なんとか無理して友達についていこうとされているのかもしれませんし、両方のケースが想像出来るかと思います。そもそもその方は「病気のことをどうこう言われると対等につきあえなくなる」と言われているくらいです。

 

ただ、そのお友達ひとりのパターンだけで、他のすべての精神疾患の患者さんを判断されても困るなあ、と思いました。

 

そのお友達もわかっているから、弱みを出せないとか、言えないとかあると思いました。


だからその人だけのケースですべてあてはまると考えられて、それで理解したと思われるのも問題だなあ、と思いました。…いや、むしろ、誤解の方かもしれません。それほどに、正しい理解は難しい。正直、私はそのことでちょっと傷ついたと思いました。

 

ただ一人を理解して、すべての人を理解したとは思ってはいけない。そのただ一人の人すら正しく理解出来ているかどうかもわかりませんから…。

 

つくづく理解してもらうということの難しさを感じます。

 

でも多分、諦めてはいけないのだと思います。

 

私は幸いに、どちらかというと弱い立場で生まれて育ってきました。なにも強みはありませんが、少なくとも同じように弱い立場の人と同じ高さに立って、理解しようとすることは出来るかなあ…。「経験」っていう実感の強みがありますよね (^_^;) 生かしていければいいなあ、と願っています。


本当は健常者でも障害者でも基本対等であって欲しいと思います。
…っていうか、それが本来のことだと思うから…。

 

 

 

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 追記*

 

この話は基本的な信頼関係と友情のあり方にも深く共通している点があるように思います。どこまで理解するか?じゃなくて「理解したい」という姿勢と努力かなあ、お互いに。

 

そこに誠意を感じて信頼が生まれる気がしますね。

私の基本はそれですね。そういう信頼関係が対当に結べない友情は不毛ですし…。

 

ただし、友人ではなくてその他の関係によっても微妙に変わってきますけど…。

 

私の条件は厳しいかもしれません。