つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

母が入院しましたーまた生命に関する決定の間近に… (ーー;)

 

お詫びとお知らせと

 

本当は個別にメールなどしたほうがいいんですが、なにしろ朝8時半から夕方4時前まで飲まず食わずで動いていたからもう限界です。取り急ぎ、ここに書けば、一番多くの人の眼に触れるかなあ、と思いまして…。私も相当疲れているので、やりたいことの全部は無理だし。

 

行ってみたらいきなりよ

 

まったく想定外ではないのですが、「良い方向」とお聞きしていたし、そんなに急じゃないとも思っていたので…。

 

今朝はごく普通に出掛けたんですが、玄関入ったところでケアマネさんに出会って、「食欲がなくて急に痩せておられるから、胃ろうのことを考えるなら、少しでも体力のあるうちがいいです」と言われました。

 

で、10日ぶりに会うと、本当に痩せてるし、肋骨が浮いてるし…。で、もう一度母と相談。「胃ろう、どうする?」と聞くと「やる」と言ってくれたので、それなら検討しようかなあ、と。やっと母自身がその気になってくれました。

 

胃ろうがどういうものかは父の介護をしていたからよーくわかっています。口から食べなくても自分の唾液でも誤嚥はするし、それで肺炎になったりもします。そういうのがデメリットですが、いま現在の母にはとにかく栄養が必要だと思ったのですね。母がOKしたということは口から食べたり飲んだりで噎せるのが辛かったのかもしれません。

 

看護師さんにお願いして、隣接病院の診察を受けて紹介状を書いていただき、施設の車で病院まで送っていただきました。

 

看護師さんが「いまは病院も胃ろうに対して積極的じゃないから、しっかりアピールしてきてください。家族の事情を話してもいいと思います。」と言われて送り出されました (^_^;) こういう時に胆が座った私はアピールには自信があります (^_^;)

 

 

一人ずつ違っても理想と願いは同じ

 

父の時に「後悔が残らない介護」を完遂出来たのも、目の前の一つひとつの課題に対して真剣に考えて「父本人が満足、あるいは納得して最期を迎えられるためになにをどこまでやるべきか?」ということと、なおかつ「自分も後悔しないように決める」という二つを判断の基準にしようと思いました。

 

入院の時には必ず「万一、心配停止の状態になった時にどこまで蘇生処置をするか?」というのは毎回聞かれますが、今回も気管切開や人工呼吸器はやめてください。心臓の処置だけで」「心臓マッサージは骨が折れますよ」「ですよね。それでは必要な場合のAEDくらいまでで」「わかりました」…と。

 

この会話をするたびに「重大なことを決めない」なんてことはとてもじゃないけど言えるわけがないと思います。生命に対してそれだけ深刻に対峙しなければならないと思い知らされます。でもこれも「悔いがない介護。悔いがない母の生涯」のために必要なことなので…。

 

こういう決断と後悔しない毎日の積み重ねがないと、納得の最期には辿り着けないと感じています。

 

人工呼吸器で意識もなく、ただ心臓が動いているだけの状態、って遠い親戚の人がそういう最期になったのを知っています。2年、3年と経つと家族の方が疲弊しきってしまい、もはや会話も無理な病人をそこまで生かしてしまった後悔、というのも知っているので…。

 

先生にお願いした範囲の処置で蘇生が不可能だった場合は、それが母の寿命だった、と思いきるしかありません。それはそれで後悔しない選択だと思っています。

 

介護っていうのは本当に真剣に生と死を見つめる作業だと思います。

 

 

割合にスムーズに…

 

で、病院での母はストレッチャーに移って、レントゲンや血液検査を受けた後(私はそのあいだに入院の手続き)、部屋に移って点滴を受けていました。で、今度は特養に電話をして「入院が決まりました。○号室です。申し訳ありませんが、車椅子を引き取っていただけるでしょうか?」とお願いしました。

 

担当の看護師さんの質問に答えて、そろそろ帰ろうかと思っていたら、「担当医のお話がありますのでどうぞ」ということで、説明を聞いてしました。

 

私はめちゃ強力にアピールしたつもりはありませんが、ひどくはないけど、肺炎と尿路感染症があること。(だから点滴に抗生剤も入っています)点滴=2、3日絶食で、鼻から流動食を入れてみて(…だったと思います。あれ?内視鏡かな?そこの確認がいまいち自信ないですが)とにかく問題がなければ胃ろうをつけることになります。

 

今日に続いて明日は私もきついので、明後日くらいに行こうと思っていますが(どのみち病院も休みだし)具体的なことになるのは来週だと思います。

 

 

あとは私が動くこと、そして祈ること

 

胃ろうに関してはいまはあまり積極的な見方がされていませんが、ここで諦めたら一生後悔するだろうと思ったので、そういうことは言ったかもしれません。父の前例を知っているということが最大のアピールだったかもしれませんが…。

 

こういう介護のあれこれを自分で選べなくなったら怖いな、と思います。私は自分が中学生の頃から、「自分の選択を自分で出来なくなることが最大の不幸だ」と思っていたので、こういう場所でも自分が病気でも疲れていても倒れることもないのかもしれません。

 

自分が入院できてひと休み出来たら楽なのになあ…と思いつつ、家族の状況がそれを許してくれないので、本当に私は死ぬまで休めないかもしれません。

 

 

 

まだ若い世代の方には実感がないでしょうが(医療や介護職の方以外は)、いずれはこういう時が来ますので、今からしっかり考えておかれても早くないかもしれません。


そういうわけで、これから昼夜兼用のご飯にします。今日は他になにも出来ないかもしれませんが、ご寛恕くださいませ〜 (ーー;)

 

 

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