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つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

自分の幸せは自分で見つける 「みんな違ってみんないい」

つれづれに思うこと 大事なこと言いたい 心について 双極性2型 精神疾患 クリエイティブなお話

 

朝になるとやっぱりしっかりとうつのようです。いろいろと負担に感じることが多いけど…。ケーブルテレビの工事も来週で結構負担だけど、初期費用なしで出来る機会もこれしかないだろうし、生かさないとなあ…。

 

出来たら明日は母のところに行こうかと思いつつ…。

 

いくらか気分が高めの以下の下書きは実は昨夜に書きました (^_^;)

 

 


「常識」ってなんだろう??

 

昨日流れてきた、こういうツイートを見たら、日本の女性は縛られるものが多くて、残念ながらまだまだ自信が持てない状況にいるんだなあ、と感じます。多分海外でアンケートを取るともっと違う数字になると思うんですが…。

 

sirabee.com


常識とか非常識とかじゃないんだよね。どこまで自分を尊重できるかどうかじゃないかと思います。何事につけても。それでまわりの声を気にして右往左往していると、いつまでも自信が持てないままになってしまいます。

 

男性は男性でまたちょっと違った「自信が持てない理由」があると思いますが、基本的に「回りが気になる」という状態が精神的な不自由さとそれを許す不自由な状況を許してしまうのだと思います。

 

ホントは他人の言うことなんか気にしなくていいんですよ。それで誰かに迷惑をかけるとかそういう風にあきらかに問題があれば別ですが、「私は私。世界に一人きりのオリジナルな私」だと思っていればいいのです。万人に好かれようなんていうのはどのみち無理だから、理解してくれる人が理解してくれればそれで充分ですしね (^_^;)

 

で、なんでも自分で決める。たとえばお葬式に華やかな服装で行くと顰蹙かもしれませんが、それだって故人が「私のお葬式は華やかに楽しくやってね」と遺言したのであれば、それも問題ないわけですし…。今はそういうことがかなり選べる時代になっています。それを選択するのに必要なのは勇気だけかもしれません。

 

 

 

アマノジャクみたいな気もしますが…

 

私はどうも生まれつき「人と同じことをやりたくない」という魂を持って生まれてきたみたいで、だからまわりと違うことをまったく気にしないどころか、あえてやりたがるタイプでした。

 

自分の価値観は自分が作るし、自分のやりたいことは自分が決める。他の誰かと自分を比較することは無意味だからやらない。「世界にひとりのオリジナルな私」の長所を尊重して伸ばすように心がける、というところかな…。お絵描きやブログが長年続いているのもその延長戦にあるような気がします。

 

なぜかというと、継続することは自信の源にもなるからです。

 

 

あ、ちなみに私が化粧をしたのも人生でわずか5年間の、それも休日以外の仕事中だけです。根本的に皮膚呼吸を阻害されそうなモノが一切嫌いで(だからマニキュアも大嫌い)、まあ、5年だけはお絵描きの延長だと思って遊びましたが、ある日突然馬鹿馬鹿しくなってすっぱりやめました。

 

当然働いていましたが、私があまりにも堂々としているもので、誰も何も言わないし尋ねもしない。そもそも気付かれていなかったかもしれません。そんなもんです。「これは楽だわ~o(^-^)o」と感じて以来、一切メイクもなしです。常識とかそもそもどうでもいいんだな。堂々としていると基本的にごちゃごちゃ言ってくる人はいませんね。

 

こんな自由はありがたいです。実は小学生の頃からそういう傾向には気付いていました。私みたいに変わった子で、表向きは大人しくて無口だと普通はいじめの対象になりやすそうですが、これがならないんだよね、やっぱり。いじめられてる子を助けはしますけど、根がきつい性格で、やすやすと泣かされてはいないので、そういうのもなんとなく伝わるみたいです。

 

 

自由であることは自分勝手とは違います

 

自分が自由でいたいから、他人の自由も尊重します。自由には責任が伴うから、それも忘れないようにいつも真剣に考えています。他人のせいにもしません。自分の言動の責任は自分で取ります。

 

それでも自由が好き。友人が自己紹介に「なによりも自由を愛する」とか書いてましたが、このごろそれは私にも当てはまる気がします。つるまない、縛られない。ひとりきりでも楽しいし (^_^) ひとりだから、本当に必要な時の自立のための相互依存の価値を知っている次第です。人間は社会の中で生きる生物なので、自立のためには真の意味での助け合いの精神は必要不可欠なんですね。それは忘れないようにしたいです。

 

個人主義というのは他人のことを考えないことじゃないんですね。広く社会の中の自分の役割とか、価値観とかそういうこともきちんと感じていないと、他人を省みなくなると、人間的に失格ですから…。

 

 

 

揺らされるのが双極性2型障害だけど

 

こういうふうにメンタルが強いと感じている私ですけど、その誰よりも信じていて、誰よりもあてにしている自分の「気分」が正しいのかどうか、時々判断が出来なくなるのがこの双極性2型障害という病気です。

 

「やりたい」といま現在思っていることが寝て起きたらどう変わっているか、自分でも予測不可能なんですね。気分障害とはよく言ったものだと思います。根っこの思考はおそらく変わっていないと思うのに、それをどう感じるか、という所がころころ変化するわけですから…。時間を置いて判断するとしても両極端に揺れたりしたら、どっちが正しいのかわからないし…。

 

いまは「すごくやりたいこと」でも、気分が落ちたら「やるのが辛い」と感じたりしますから…。こう言うのって、もう、本当に困ります。これも長所か欠点かどちらにでもなり得るので、「病気じゃなかった自分」よりも「こういう体験をしている自分」の方が好きかもしれないなあ、と思うことはよくあります。やっぱり自己肯定感が強い人間ですよね。

 

 

それすらも人生の糧かもしれない

 

病気で悩んでない人は世間なんて無責任なものは気にしないで、好きなように選択することから慣れていけばいいと思います。化粧なんて本当に好きにすればいいんですよ。やりたい人はやればいいし、恋愛だって結婚だって、流れに任せて責任持って選択していけばいいのです。真剣に考えた結果はどういう答えになっても後悔はしませんから…。

 

日本人の幸福感が世界に比べたら低い、っていうのもそういう原因がありそうな気がします。自分の幸福は自分が選ぶのだ。後悔しない人生が送れたら、それだけでも幸せですから… (^_^)

 

自分の身の丈にふさわしい生き方って本当は誰にもあるはず。それがわかったらまわりと比較する必要もなくなるし、自分らしくあることの幸福が実感出来るのではないかと思います。

 

 

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