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つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

精神疾患になる人はメンタルが弱いというのは本当か?

 

ちょっとだけましかな?

 

「薬がなくなった」と言って、弟は内科に行きました。私も今朝はご飯が作れたところをみると、いくらかはましになったのかな?と感じますが、横になると耳の奥でまだ動悸(しかも頻脈)を感じるけど、もう気にしない〜 (^_^;) 今日はお昼過ぎにマッサージの先生が来られますが、出来たら明日にでも母のところに行きたいと考えています。

 

同じ半袖でも昨日はニットを着ていたら、つられて体温まで上昇したので、今日はまた半袖のTシャツを引っ張り出しました。もう10月20日だというのに…。いつしか日本には夏と冬しかなくなったのかもしれませんね (ーー;) ああ、でも身体がついていけないなあ… (ーー;)

 


精神疾患になる人はメンタルが弱いの??

 

今朝、誰かのリツイートが流れてきて、ふと考えてしまったんですけど…。精神疾患になりやすい人って必ずしもメンタルが弱いって言い切ってしまってもいいのだろうか?と思うのですね。まあ、どこまでも個人差はありますけど。

 

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社会の中には山のようにストレスがあって、それを発散しようと思ったら、別に他人を傷つけたっていいわけですよね。心の問題として。別にそれが犯罪にはなりませんし…。でもまずまわりと見て考えてしまう人は、回りの人を傷つけるよりも、矛先を自分自身に向けちゃうんですよね。(外に向けて発散するとさぞ気持ちがよかろうなあ、と思うことも多々ありますが… (^_^;))

 

感受性の強い人はどうかすると他人の痛みまで受け入れてしまうところがありますし、それもあって、自分への攻撃がより強くなるわけですが…。

 

まあ、原因はなんであれ、起きているのは「脳の誤作動」ですから、それ自体はメンタルの強さや弱さと無関係じゃないかと思います。

 

 

 

自分自身ととことん付き合う強さ

 

むしろ、「自分自身」という逃げようがない相手にどこまでも真摯に立ち向かって、死の誘惑から逃れるのは並大抵の精神力では出来ないのではないかと思っております。だから私はほとんど地獄的なそういう状況から立ち上がろうとしている人、立ち上がってきた人のメンタルの強さには拍手を送りたいと思います。

 

さて、そこから先ですが、自分自身の心身の声に忠実に生きるのがベストな方法ならば、もとの社会に戻らなくても別にかまわないとは思っています。それまでは自分が目指して敷いたレールの上を走っていたとしても、今度は全然違う方向を向いて違う道を気ままに歩いてもいいんじゃないでしょうか。

 

「世間並み」とか考えると難しく思えることでも、外れてしまえば別にたいしたことではなくて…。病気の時に違う価値観で見えたら、また新たに目指す方向も見えてくると思うのですね。魂が喜ぶ方向へ。

 

まわりの価値観を気にしない。…メンタル強ければ自然とそういう方向に行っちゃうし、過敏であれ、繊細であれ、しなやかに折れたところから立ち直る強さも持っていると思います。

 

私が病気のことを隠さないのは、それも自分のパーソナリティの一部だと思っているから。メンタルかなりタフだから、ちょっとやそっとやめげません。(でも体調は狂いますが、それは生まれつきで仕方がないです)気を遣って欲しいとか、腫れ物に触るようには触って欲しくないですね。普通の人と同じように接してもらってかまいません。

 

でも病気になって良かったのは、他の悩む人たちに本当に実感を持って寄り添えることかなあ、と思います。 なにごとも無駄な経験はありませんね (^_^)

 

 

 

お絵描きはやっとここまで…。花と葉っぱと茎をそれぞれに別に描いております。
これからまだ着色して…。なかなかだなあ…。

 

これが完成したあともやることいっぱいあるから忙しいです。ぼちぼち頑張ります (^_^;)

 

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