つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

なにげに書き出したら重いテーマに…「死」について考えること

 

介護と言うのは親の生死について真剣に考えること

 

朝からばたばたと郵便局とコンビニの用事を済ませてきました。

 

郵便局の前でぼーっと待っていると「お母さん、どう?」と尋ねてくださる方があったんですが、多分知っている町内の人だろうな、と思いつつ、お名前もとうとう思い出せませんでした。すみません。母も顔が広いから、私ではフォローしてきれないおつきあいが多いと思います。

 

私にわかるのは本当に子供の頃から知っているご近所さんだけなのよ… (T-T) 名前がわからないと母に話しても多分わからないと思うし…。

 

弟の体調のことは昨日、普通に話して説明しておいたから、おそらくわかっているとは思いますが、自分自身の胃ろうについての話は返事がなかったです。実感がないからだろうか…??

 

このことについては元気な時からはっきりしたことを話さなかったので、私も判断に悩みます。父のように「死ぬのは怖い」と元気な時から話してくれていたらよかったんですけどね…。母もガンなどの終末期の場合は「痛みだけ取って延命はしないで」と言ってましたが、ガンなどの場合とは微妙に違うから、またこちらも悩みます… (ーー;)

 

こういう時のために「終活」ってあるのかなあ、と思うけど、でもいざとなると気持ちが揺れ動いて変化するのも人間なんで…。結局その時々に応じて考えていくしかないよなあ、と思うのですね。

 

こういうことは本当に個人個人の価値観とか死生観とかいろいろあるから、みんな違うのは当然。なんらかの形で法制化されたくはないなあ、と思いました。

 

途中まで読んで辛くなってストップしている「死の自己決定権のゆくえ: 尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植」ですが、きっと最後まで読んでも同じ結論になりそうな気がします。

 

死の自己決定権のゆくえ: 尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植

死の自己決定権のゆくえ: 尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植

 

 

 

ブレインバンクに登録したいけど…

 

臓器移植についても、以前とは違う感じになったかな、という気がします。

 

弟は「生きている間は人の役に立てないから、死後は臓器移植してもいい」と言っておりますが…。まあ、それはそれでいいと私は思います。

 

私自身は研究のために脳バンクに死後の脳を提供したいけど、なにしろ福島にあるから、物理的に運ぶのが大変らしくて無理みたいなんですね。脳バンクに登録すれば、この脳の誤作動の原因解明などに多少なり役立てるかもしれないと思うのです、是非とも有効利用していただきたいものですが…。

 

精神疾患ブレインバンク・DNAバンク

fmu-bb.jp

いずれも距離が問題だなあ… (ーー;)

 

 

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臓器移植…個人的な希望と感覚

 

私個人の臓器移植についての感覚ですが…。

 

私は仮に自分が誰かの臓器を必要としないと生きられない病気になったら、もうそれはそれでいい、と思っています。あえて他の人の死を待って、その人の臓器を移植されてまで生きたいとは思いません。

 

死ぬにもきっと運命があるのだと思います。しかるべき「その時」が来たら、「まだ死にたくない」と思っても死ぬでしょうし、九死に一生を得るように助かる時は助かるし、そういうふうに自分自身では決められないなんというか、別に宗教的でもないんだけど、わりと崇高な…うーん…やっぱり「天の摂理」みたいなものかなあ、という気がします。

 

そういうものが働くと、仮に移植を受けても、免疫反応が強すぎたり、そちらが治っても別の病気が出たりとか、そういうこともありそうな気がするんですよね。無理やりに運命を曲げてもほころびが出てくるような…。

 

だから自分の「天命が尽きる時」が来たら、それが自分の一生だと思って、粛々と受け入れたいなあ、と思います。

 

結構しんどいけど思うように生きてきたら悔いはないんですよね。私の死生観ゆえに、臓器移植には協力の意思を示していないのが現状です。この先よほどのことがあればまた変わるかもしれませんが、その可能性は薄いです。

 

持って生まれたもので、なにをどう生き抜くか、っていうのがきっと一番大切なことなんだと思います。

でもこれも人それぞれだしね。

 

 

 

就寝中に連日こむらがえり

 

そういえばここ3、4日連続で夜中にこむら返りが起きました (ーー;)

 

matome.naver.jp

 

いや、いつも伸びをしたくて姿勢を変える瞬間だっていうのはおぼろげにわかっているのです。で、「あ、やばい!」と思ったら「いてーー!」という状況になっているわけですが、ただ、そういう激痛があっても完全に眼が醒めなくて、「なんとかしないと…」と思いつつそのまま寝てしまうのが常です。こむら返りよりも強い痛みをいっぱい知ってるから、自分の中ではたいしたランクじゃないと感じているのか…。

 

…いや、多分眠りが深すぎると思います。気絶状態だからなあ…。昨日の午後も疲れて昼寝していて、すごい雷で、危ないからエアコン切ろう、と切ったのはいいけど、Macは大丈夫かなあ?と思いつつそのまま寝ていて、気がついたら雷も遠くに去ってました。

 

介護とかしていると疲労の種類が違う気がします。気絶っぽい眠りが増えたのも介護を始めてからだし…。深い眠りを求めているのは心身と脳と全部なんでしょうね。

 

 

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