つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

家族がダブルで入院することになるかもしれない危惧

 

うーん…気が重い… (ーー;)

 

最悪の場合、母と弟が同時期に別々の病院に入院したりする可能性があって、同じように食欲不振といっても、多分原因はそれぞれ違うし、対応も治療もそれぞれ違うから、同じ病院で済むとかいうわけにはいかないですよね。

 

そしてそういう場合はやっぱり私しか動ける人間がいないわけで、いろいろ不自由もありますが、その前にちゃんと動けるかどうかの自信がいまいち持てなかったりします。気力が持てばなんとかなんるんだけど…。

 

今朝も非常に気分が悪くて、なかなか起きることが出来ませんでした。

 

「もしも二人して入院になったら、僕はいいから母のところへ行ったげて。先が長くないし」とか言われてますけど、それでも手続きに家族の手が必要なことが多いのよね。

 

本当に12年前の母の乳がんの時は検査から退院まで、全部に付き添って必要な手続きを私がやったんです。

 

父がものすごく心配して、手術中は一言も喋らず、無事に終わったのを確認して、やっとぽつぽつ話し出したのを思い出します。70代になってもそういう夫婦でした (^_^;)

 

私も付き添いとか患者の家族で二つの病院は頻繁に通ったから、IセンターとT病院の中はどこになにがあるか案内板見なくてもほぼ歩けるようになってしまいました (ーー;) …嬉しくない… (ーー;)

 

 

 

メンタルな影響もあるよね

 

こういう家族的なストレスがなければ、もうちょっと私自身の症状がましかなあ、とか思うけど、家族のおかげで頑張る励みにもなっている気がするので、善し悪しですね。まあ、いまさら焦って病気を治そうとは思わないけど、元気ならもっと動けるのになあ、というもどかしさはあります。

 

あとお金の面と。もっと働けたら安心なのになあ、とは正直思いますが…。

 

 

私の祖父は小学校3年生の頃に亡くなっていますし、祖母は私が20代後半の時に亡くなりました。いずれもその時の介護と看護のメインは両親でしたので、我々はさほど多くの手を貸すことはありませんでしたが(自分たちも働いていたし)今はまさに自分たちが当時の両親の世代になって、同じ責任を負っているわけです。

 

子供がいれば、少しくらいは手助けもしてくれたかもしれませんが、それもないから、結局全部の責任があるんだな。母のきょうだいも歳が歳だし。甥や姪は遠すぎるし。

 


ないものは仕様がない。えーい、もっと頑張れ、私!…と、撮りあえず自分にハッパかけてみる (^_^;)

 


…なんかしら、今生はこういう運命なんだなあ、と思っています。

だから家族が元気で安心して働ける環境って有難いんだとすごく実感する次第です。

 

 

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