つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

自分史・個人史としてのブログ 発展系の夢の先と

 

昨日はマッサージの日でしたが、背中がえらく凝っていたらしく「寝不足ですか?」と言われました。寝ているつもりでも、夜中に弟が雑炊作って食べているのとか知ってるから、眠りが浅いこともあるんだろうな、と思います。忘れたけど、夢も見ていたし…。

 

休んでいるつもりで休みきれていないのですね。それこそ入院でもしないと休みきれないかもしれません (ーー;)

 

 

 

二次創作じゃないほうの進路

 

昨日、書いていた二次創作関係の話ですが、ファンだけど、二次創作じゃなくて、こっちに行っちゃった、という方のお話 (^_^;) 私にはこの流れの方がよく理解できますね〜。ひとつの夢を叶える過程ですね (^_^)

 

togetter.com

 

ちなみに聖闘士聖矢はちゃんと読んだのが数年前のことなので、私には影響を及ぼしませんでした。ギリシャ神話は子供の頃から知ってたし…。個人的にはこの作品、実はあんまり好きじゃないんだ。ごめんね。

 

その頃に二次創作にいってしまった友人はいまだにオリジナルに戻ってきてくれません… (/_;)大人になってからの麻疹は重くなるんだなあ…。まあ、それで悔いがないならいいんですけど… (ーー;)

 

でも「やったぜ!!」っていう感はやっぱりこっちの方が大きいと思うんだ。さらに発展系でもあるしね。

 

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個人史としてのブログの意味

 

ちょっと確認したいことがあって、母の介護が始まった2013年の秋あたりからのブログを拾い読みしています。

 

私にとってのブログは備忘録でもあるので、記憶としてははっきりしないことでも、読み返せばかなり細かい記録とその時の心情などもリアルに戻ってくるからですね。

 

特に介護関係や自分の病気の症状なども、その時その時で悩みつつ、かなり綿密に記録しているので、当時のことが非常に把握しやすくなっております。紙の日記なら3日と続かないことですが、ブログだと続くと言う不思議…。そこは読んでくださる方のおかげだと思っています。

 

 


昨夜は2013年の秋を振り返ったのですが、当時のことが本当にリアルに蘇って泣きそうになりました。はっきり言って「とても大変」としか言えない体験でした。父の時も大変でしたけど、そこは母のヘルプが期待出来たので、精神的にもまだ楽な感がありました。もちろん肉体的にもね。

 

母の介護は私一人でしたから、そこで訪問看護師さんやヘルパーさんや入浴サービスなどの手を借りているわけですが、最初のデイサービスの時に、嫌がってハンドル奪って危なく飛び出してきたとかさ、…そういうのもあって「ああ、私はたとえ一日でも休憩させてもらえないのか…」とがっくりしたこともありました。

 

夜中に30回近くトイレ通いをされたり、減薬のために薬を隠すのに必死になってたこととか…。ああ、もう二度と繰り返したくないなあ… (/_;) フラッシュバックはあっても、そのつどそのつど、目の前の課題に真剣に立ち向かってこなしてきたから、今になってダメージを受けることはありません。

 

あのころに比べたら「ここは楽しい」と特養で言ってくれたことが大変にありがたいと思っています。

 

 


号泣したこともあったし、まったく起きられなくなったこともありました。交通事故にも遇ったし、ネズミやダニの被害に泣いたこともあったし…。「なにもない平穏な日」の方が少ないと思います。介護ってそういう感じなんだよね。ましてや私は主介護者だったしね…。

 

…そういうメンタル面も含めた母と私の心の軌跡も試行錯誤も、ほとんど全部ブログには残っています。

 

これはこれですごく重要なことだと思います。12年の備忘録7200以上の記事の中には闘病から介護から看取りから、思えばハードな話題がぎっしり詰まっているわけです。

 

ほとんど休みなしで記録出来ていると思います。こうなると、もうやっぱり「自分史」としても意義があるなあ、と思うのですね。ちまちまこつこつ、長く続けてきたことの満足感も大きいです。

 

「頑張ったねー、自分」と、ちょっと言いたくなりました (^_^;)

 

 

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